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セタボラ
世田谷ボランティアセンターでの活動です

ここに書かれている災害系以外にも、

 ・ うつ(セレブうつだった!)の外出つきそいボラ
 ・ 車椅子の方が美術館に行くつきそいボラ(わたしですから、キュレーターばりの解説付きwww)

などもしました。

これらのむずかしさに、人間関係があると感じます。
補助を必要とされる方々は、今後気楽に補助を頼める「友人」を求められるようなのです。

が、わたしはボランティアとして一定の距離を保ちたい。
実際、2回目はチョットなぁと感じるようなわがままを要求する方もいらしたのです。
人材派遣のような事務的なシステムにならないのか?と職員さんに訊ねましたが、だからこれがそういうシステムですと返されました。

むぅ。おはなしにならんなぁ。

 

あ。災害系のボラの担当者さんたちは、みなさん優秀でしたよ!

    

避難所訓練 2011/11/20

セタボラ(世田谷ボランティア協会)を通じて、おもしろいイベントに参加したよ。

世田谷が被災したときを想定し、中学校に避難所を開く訓練。
消防署と学校(含・生徒有志)と町内会(地域住民)とボランティアが参加。

世田谷区にはおもしろい発想があって、
通常は災害が起こった時点でその地域に災害ボランティアセンターが立ち上がるのだけれど、
日常から立ち上げておいて、対策を試行錯誤しておこうということらしい。
だから訓練というより、やってみることによる問題点のピックアップ。

 

ボランティアスタッフを演じるというボランティアです。 ややっこしいわね。
具体的な役割りは「中学校の調理実習室で時間内に豚汁100人分をつくる」。

前日の夕方にミーティングが2時間。 
各種説明と、参加者8人のはじめましてのあと、リーダーを決めたら、
「(フォローはしますが)あと、よろしく」とポンと投げ出されました。
リーダーを中心に話し合って、時間内に買い出しと備品準備を済ませるように、と。

手前味噌ですが、きゃーとか言いながら、この初対面のチームワークと判断力と行動力は見事でしたよ。

豚汁100人分って、見当つかないですよね。 わたされた家庭用レシピ4人分なんて、目安にもならないしっ。 
「PCで検索したい」と言ったら、協会スタッフさんがご自分のノートをくるりとわたしに向けました。 
んっとに、出来る限りは自分たちにやらせる方針だな。
わたしが検索をかけてる間に、他の方たちはさくさくとチーム分けして、半数は備品準備に部屋を出ていく。
豚汁100人分レシピ、ヒット!
大根100gを目安とすればって、だから何本分よ。 数種のサイトを見るものの、それじゃ具沢山すぎるよ、と声が飛ぶ。 
予算は? 今回、そこはこだわらなくていいですと、協会のスタッフさん。
ンじゃ、こんな感じ?とわたしが数字を言うと、他の方が修正し、また他の方がどんどんメモして。 
よしっ、買出しだっと、吹き荒れる雨の中、近所のスーパーへ。 

豚汁100人分 (お椀サイズ) 経費/約10000円
 ジャガイモ 50個
 ダイコン 5本
 ニンジン 15本
 ごぼう 12本
 こんにゃく 10枚
 ブタコマ+バラ肉 2.5kg
 味噌 1.5kg
 ほんだし 
 水 20リットル (1人200cc計算です)

全員が再度集合して、明日の具材別の役割りを決めて、この日は解散。

 

今日はいいお天気でしたね。

うちからはバスで20分のところにある中学校。
赤いスタジャンを渡される。
あとから思ったけれど、
色とりどりなエプロンにバンダナで三角巾して、赤いスタジャンのわたしたち、かなりキュートだったんじゃないかと。 
(これも手前味噌だわね) 

事前の確認をしたつもりでも、いろいろと出てくるもので。
調理実習室を探しても、用意されてると言われてた包丁がないっ、とか。
(学校なんだから、きっと刃物は「管理」されてるよね、と気づき、リーダーから学校の主事さんに伝えて、準備室の鍵をあけてもらう)

調理で一番時間がかかるのは、「お湯を沸かすこと」。
ひとりが、最初に2リットル単位でいくつもお湯を沸かし始めてくれる。
こんにゃくの下茹でと、
根菜は水から煮ていくものだが、大鍋だと時間がかかりすぎるので、少ない水で煮始めて、差し湯をする考え方。

配るときに不公平感がでないためには、具材は細かめに切るといいそうです。
早く火を通すためにもね。

ごぼうは時間的に下茹でできないことを考えて、ササガキにして水にさらしていたけれど、
ん。 進行状況に余裕ありそうだな。 
手の空いた方に頼んで、出来た半分からざっと(水から)茹でてもらいました。
やっぱりこんにゃくとごぼうは、下茹でするのがポイント。
因みに、サトイモでなくてジャガイモを選んだのは、下茹でしなくてすむからです。
わたし? ごぼうを8本くらいササガキにした〜

こういう作業のとき。 リーダーがね、あと○分です!と刻んでくれたのが助かりました。
〜の作業、始めなきゃ!と、次に進める。

味見の段階になってくると、男性たちがこだわり始めたので、女子たちは片付けに廻り始められました。 床のモップまで、ざっくりできたからね。

タイム・アップ! すごい。 とりあえず、できるもんだねえ。

今回はそのあと、意見交換会の時間があって、
(他の方たちは、簡易トイレ設置とか、放送設備の確認とか、受水槽や医療室点検とか、避難所受付の設置とか、
体育館にブルーシートを敷くとか、校庭で火を起こしてアルファ米をつくるとか――)
その30分の間の余熱が、豚汁を完璧なおいしさに仕上げてくれました。

アルファ米。 初めて頂きました。
今日は特別に五目。 
ちょっとクセがあり、日常ではすぐにはおいしいとは言えないけれど、非常時にはおいしいだろうな。 豚汁は、メチャおいしかったってば! 

 

午後は、避難所運営のシンポジウム。
興味深いお話がたくさんありました。 ふぅっ、避難所リーダーの勉強、しておいたほうがいいのかな。 
自分がリーダーにとかっていうんじゃなくて、考え方とかしなきゃいけないこととか、みんなで知っていたほうが、
よりよい運営を目指せそう。

行政のフォローは、発災後3日間は来ないのが大前提。 3日間は自分たちだけで、肩を寄せ合って生き抜く。 そのためには――

避難所とは。
みんなで生き抜くための場所。 ひとりでも多くの人を死なせないための場所。 そのためには――
みんなで考えていかなければいけないことは、まだまだたくさんありそうです。

 

 

最後に、昨日伺ったお話。
この週末。 セタボラの別働隊は、山田町にガレキ撤去/最近では埋まったガレキを取り除く作業、に向かわれたのですが、

作業中、泥の中からヒトノホネが出てきたそうです。 
これだけ時間が立ってから、ようやく見つけられたご遺体。 行方不明者。
同時に、
発見してしまった方の、心的ショック。 そのフォロー。

まだまだ、続いているのです。

     

災害ボラ・フィールドリーダー養成講座 2012/1/14

ボランティア関係の方ってのは、みなさん朝が早いのか。
セタボラだけがいつも早いのか。 担当のスズキさんの趣味なのか。 
コレが世の中の平均なのか。

8時起床のツケがまわってきて、14時半現在、むちゃ眠いです。
市民講座が土曜日の朝の9時半スタートって。

「災害ボランティア フィールドリーター養成講座」
避難所の運営スタッフとしてのアレコレを学ぶ4回コースの1回目。

スタッフとかリーダーとかになる人材育成というより(それも目指しているんだろうけれど)、
運営の問題点を、みんなで意識共有するって感じ、かな?

避難所運営ゲームHUG に参加しました。
テーブルゲームを通して、避難所運営の混乱を擬似体験。
同じテーブルには、先月のボラでご一緒した方もいらしたし、
みなさん、思いやりの意識も高い方たちで、
遠慮のない意見や視座のやり取りや、ゲームを通して、いろいろな気づきがありました。

このゲームをタレントさんにやってもらった番組、定期的にTVで流すとか、しないかな。
避難所の大変の中で、与えられた範囲で不満を溜め込む側ではなく、自分はどうするか?みんなでどうしたいか?という意識を。
限られた一部の対象だけではなくて、広く大勢に、持ってもらいたいし。
できればそれを、社会の中で生きる姿勢に、繋げていってほしいな、とかね、思うので。

 

3.11以降、改めて気づいた。
自分の権利ばかりを主張する、他人の痛みには無関心な人たちが、大勢いる。
思いがけないほど身近(友人のダンナとか)にもいて、びっくりした。

現実として、それも受け入れなきゃいけない。
権利を主張するのは、その人の権利だ。
お互いの痛みを理解しようよ、という考え方だって、こっちの一方的な勝手だろうさ。

ホラね。
書いてみて、ちょっと確認した。
災害時だけのことじゃない。 ずっと日常的な問題と変わらない。
日常では問題意識が沈殿してるだけだ。

それをチョコっとでも俯瞰して眺められる視座を得るために。

    

災害ボラ・フィールドリーダー養成講座その2 2012/1/29

講義の2回目は、「災害時に求められる医療対応」

応急手当とか心肺蘇生をやるのかな?と思っていたら、それ以前の「判断」のシュミレーションでした。 
重症の怪我人を目前に、多様な可能性とチェックポイントに、何をしますか? 落ち着いて対応できますか?

半分は、ワークショップの進め方講座みたいな流れだったかもしれない。
ブレーン・ストーミングは、実はアイディアがその場の雰囲気に沿ったひとつの方向に流れやすいので、
独特な意見を引き出したり、バリエーションがほしかったりするときには、考えようなんですって。
この講師の方のおすすめは、
まず各自がテーマに沿ってマインドマップを書き、リストアップして、
その後、小グループに分かれて各自が読み上げてから話し合う、という方法でした。 
確かにさくさくと、無駄なくつっこんだ意見交換が、短時間でできました。
(これが意見交換のベストであるとは限らないと思うけど、ひとつの方法として、覚えておくにはいいかも)

 

一番、目からウロコだったのは、

ペアを組み、片方がばったりと意識不明(仮想)になる。 
キー、ガシャン。 目の前で車が激突。 運転席の人がハンドルに被さっている。
さて、この「目前の重症の怪我人」に、自分は何をするか。 できるか。

声をかけて意識を確認して。周囲に手伝いの声かけをして、呼吸を確認して、119番して、出血は?吐き気は?保温は?首は? ……
と、話し合い、講義を受けた直後でも、
実際のわたしは、声かけと、肩たたきと、周囲に助けを呼びかけるくらいしかできませんでした。 その1分が、長い長い。

完全に意識不明、うつぶせになって顔も胸(呼吸)も見えない、あたたかい女子を前に、
マジ、頭は真っ白に近いです。 返事をしないからだ、机に乱れた髪が、
――怖い。 立ちすくむ。

2巡めは、意識があってブロックの下敷きにという設定。
応えがあって、会話ができると、かなり安心する。 いろんなチェックポイントを確認できて、
この2分は短いくらいにいろいろと出来たのでした。

ただ、災難?だったのは、わたしとペアを組んだお嬢さんで、
怪我人になった番で、わたしが思い切りわがままを叫んだから。
おろおろするのが、かわいかった。
「もうっ! 何、泣いているんですかっ!」
ごめん。 叫びながら、腕に縋りながら、笑いすぎた〜

偶然に。
隣に座ったこの方がね。 先々月の豚汁ボラのときにご一緒した方のお嬢さんと判明。
言われてみたら、お顔がそっくり。 なので初対面だが、気安い気安い。

 

次の講座は、また2週間後。 今度の会場は、消防署!

 

 

災害ボラ・フィールドリーダー養成講座その3 2012/2/4

次回は2週間後!と予告しましたが、間違い。 
予定帳が月別に割ってあるので、月を跨ぐとなんとなく思い違いしてました。 次の最終回は2週間後ね。

今日の内容は濃かったぁ! 思い切り、屋外実技編。
まず消防署の裏庭で、

・ ガレキ家屋から人(人形)の救助のシュミレーション。 
 声かけ、ジャッキの使い方、使う場所、応用とか。 タンカの使い方とか。
・ 関連機材の使い方。 ドリルとかチェーンソーとか、その他。
 手動エンジンのかけ方、明日になったら忘れていそうだな、自分。
 ストライカーという器具で、手動でブロックを割りました。 コンコンコンバシッで、割れた。
・ 消火栓の開け方、使い方。 放水手順。 ホースの構え方。
 プロがホースを構えると、腰が決まってカッコいいです。

消防署のみなさん、物腰がやわらかくて、親切丁寧で、作業や整理が徹底してました。
(署内は、やっぱ男所帯だなぁという感じですけどね。 女子トイレは3階にしかないし)
20数年前に某所で消防訓練を受けたときは、
まだまだ軍隊っぽかった(雰囲気だけで、わたしは反感をもった)ことを思い、
日本人/日本社会の進化も実感。

 

次は隣の公園で、
マンホールトイレの設置シュミレーション。 仕組みの説明を受けたあと、班に別れて、実際に組み立てました。

さすがにみんな、「みんなで手際よく作業する」コツみたいなものが、身についてきて。
はいっと手を挙げ、声を出し、とっとと、ビニールを破り、
ひとりは作業せずに、取り説を読み上げて、指示し、
お互いに声をかけあって作業を進行する。 という流れに。

取り説、ちょっとわかりづらかった。
わたしはもう、チラリと見ただけで、若い人に手渡しちゃった。
んん。 わたしは今日、実際に組み立てて納得したから、いいケド。
知らずに、震災後の現場で組み立て!となったら、かなり難しいかも。

あと、慣れたスタッフさんが助言をしてくださって、
トイレの使い勝手を考えたら、簡易便器を奥の角に寄せた位置に、テントは張ったほうがいいと。
(取り説には便器は中央にと書いてあるらしい) 便器の位置はマンホールから動かせないからね。 

 

発災後、一番困ったことはなんでしたか?アンケートの第1位は、
食べ物・飲み物ではなく、トイレだったそうです。

穴掘って、板を渡して、囲いをしただけ(戦後の焼け跡ではそうしたと、小説で読んだことがある)では、
衛生的に匂い的に、今ではもう、ダメみたい。

トイレの作り方のルールはともかく。

個人で用意しておくものは、ヘッドランプ(ランタン)とトイレットペーパー。
夜のトイレは、真っ暗で。 
個室でパンツを両手で下ろすことを考えたら、懐中電灯は却下だと。
こーいうことも、言われないと気づかないねぇ。
トイレットペーパーも、家に12個セットを「余計に」ストックしておくべき、だそうです。

携帯トイレは、凝固させるタイプより、高分子吸収タイプのほうが廃棄物の容量がかさばらないでオススメだそうです。
TV番組の司会者が、ねこ砂とおっしゃったそうですが、論外みたい。

 

あとね、
きれいな水の用意というと、飲料水としかイメージしないけれど、
実際は、キズを洗うのに、大量に必要となるそうです。
泥まみれで痛がっている人を見極めるには、まず、洗わなきゃだめでしょうって。
これも、言われてみないとわからないことだった。

 

 

なんかねえ、宗教とかマニアとか、そんな世界に通じるものが防災にもある気がする。
ヘルメットやゴーグルや呼気弁付きマスクとか、買わなくちゃなあと、スッカリその気になってるし。

夕方は渋谷に出て、ハンズでLEDランタン買っちゃった。 (かぁいいんだよ!)
渋谷ハンズの防災コーナーを見てると、
・ 時流に乗った、オイシイ商売をしてやがるわネ、と。
・ いろいろあるようで、具体的な防災について勉強した品揃えじゃないなぁ、と。
そんな印象でした。

 

賭け、なんだよね。
4年以内に、直下型地震が来る確率のメに、賭けるかどうか。

20歳の頃、郵便局の保険のオジサンに、
ちっちゃな保険にはいっておくことが、怪我や病気をしないお守りになるから。 
と、わけのわからない説得をされたみたいに、

用意しておくことが、震災にあわないお守りになるような、気分にも。
わたし、賭けに弱いもの。

 

 

今日のボラ 2012/5/1

そういえば今日のボランティアは、
なんかもうボラというより、ご近所の雑用って感じなんだ。

世田谷ボランティア協会では、月イチくらいで被災地にボランティアバスが出てる。
そのボラバスのサポートボラ、なのだよ。

ボラバスの出る前日の夕方に、いろんな備品の準備なんかを手伝って。

ボラバスが帰ってきたあとの今日は、
午前中は、物干し台をセットして、寝袋を裏返して干してリセッシュしたり、長靴の泥を洗ったり、
ビブスをコインランドリーに持っていったりするの。
で夕方には、寝袋をくるくるぎゅうぎゅうと仕舞って、ビブスを畳んだり、ね。

 

午前中の参加者に、手際もヤルキも素晴らしい男子がひとりいて、
わたしは褒めたのだけれど、担当職員のシンドーさんが渋い顔をしてる。
なんかね、
かれは被災地でやんちゃをやらかしてシンドーねえさんを激怒させたらしくてね。
ああああ。男子が熱心に働くウラには、やっぱ下心があるわけ。

夕方、作業が終わったあたりで、シンドーさんからの詳細報告会みたいな感じになって、
それ以外にも、写真のユーレイ騒ぎとか(オチはバカバカしい思い違い)もあって、
みんなでわーきゃー。
大学のサークルのノリに近い?
こういう場所って、サバケた性格の手際のいいお人よしが集まるってことだわね。

 

こうして被災地は、あたりまえな日常の延長となっていく。

  

2年前のはじまり 2013/2/16
昨日行ってたのは、ボランティアバスの前準備をお手伝いする月1回のボラでした。
さすがにみんなで手馴れてきまして、手分けしてちゃっちゃっと。アラもう、これで作業は終わり?ってなモンです。
 
年度末で区切りをつけるので、世田谷ボラセンの被災地ボラバスも来月で終わりだそうです。
みんなの、良心というか気休めというか?も、そろそろ切り上げる頃合いなのね。
 
 
作業後のお茶タイムで話題になったのは、とある被災支援グッズ。
商品としての魅力が形になっていないとか、売りのエピソードはあるのだからそこをもっと、とか。
普通に、「商品」としてのダメだしをする。しかも茶飲み話でしかない。――このユルさ。
 
実際は、行政に対する怒りがカタチになった、「硬い熱い」想いがこめられているグッズで。
わたしはステッカーを1枚。ワンコインで買いました。
 
――にしても、あまりにアタリマエに、日常すぎる。震災の末端の、慣れ。
大騒ぎすることでもないけれど、あたりまえすぎている感覚もどうなのだろう?と思わなくもなく。
 
現地の怒りもこうやって、ゆるゆるといなされていくのが、いいのか悪いのか。
 
 
 
風評被害、の話もでました。(風評被害については、簡単に定義できないと思う)
 
出来る範囲では、被災地経済の応援もするけれど。
食べたくないという人たちに、食べるべきよとは言えないし。
それに、
子どもたちや、これから子どもをつくる人たちは、あのへんの地面や食べ物からは遠ざけておくべきだろうし。
代わりに年寄りが、行ったり食べたりすればいいわけだし。
そういう、住み分け、暮らし分けが、言葉の下の下で共通認識となっていくのかな、とか思う。
 
個人の自由意志、選択のもと。
 
 
 
ある方が、被災者(この言葉もだんだん使われなくなってくのね)さんとの会話で、妙にちぐはぐだと思ったら。
そうか「おととし」のことだったんだねと気づいたって。
 
え、あ。
来月で丸々2年立つんだ。と、次の一瞬、みんなで言葉を失った。
 
わたしは。長く濃い2年だったなぁとひっそり思う。
そして今のわたしが居る。
すごくすごく遥かな気分だった。誰に言うわけでもない。これは自分自身との確認だ。
何を感じて、何をしてきたか。
 
そうして出会ったことがいかに大切なことだったか。
 
 
 
不謹慎だから、大声では言えないけれど。
 
震災のおかげでわたしは大道芸と出逢った。その必然。
なければ出会えてなかった。と思うと、ほんとになんていうか、遥かな気分なのだ。

  

車椅子体験 2013/6/12

少し以前の話題ですが、オトタケさんの入店拒否事件について。
あれこれ語りあう以前に、呼びかけたいことがあります。
 
車椅子で外出・電車移動する(それを補助する)ことを、
社会人の当然として体験してみてほしい。
 

わたしの場合(補助ボランティア)、数時間、街を通り過ぎるだけで。

周囲の人々に、にこにこと感じよく「すみません」「ありがとうございます」と、
何十回と繰り返し。
 
気を遣っていただくのだから、もちろんそれは当然なのですが、
 
わたしはそれを負担に感じるほうではないはずなのですが、
 
あまりの回数に疲れ果て、うっかりすると卑屈モードに陥って、
ひとりの人間がアタリマエに街を通り過ぎる権利を見失いそうになりました。
 
 
たいていの方はご親切なのですが、
ときには「強い」笑顔と言葉で押し通すことも必要でしたし。 ←意味わかる?
新人らしい駅員さんには疑問を投げかけることもしました。
 
 
必要以上に申し訳ないという気持ちが先立って、
アタリマエのことすら遠慮させてしまう。
そうさせてしまうことは、社会人として恥ではないのか?
そのへんの感覚を、知っておいたほうがよいと思うのですよね。
 
 
オトタケさんの事件に関しては、双方がオトナゲなかったネというあたりでしょうか。
 
ただ。こういう不愉快なニュースの積み重ねが、
社会の意識や建物の構造を少しずつ変えていくわけで。
ソコが大切なのだと思いました。
 
  

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