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ヘブンアーティスト被災地支援 @宮城 2014

  

復興の具合とか 2014/8/1

東京都の被災地支援キャラバンのボランティアスタッフとして、宮城に行ってきましたよ。
パフォーマンス系の裏方するのが大好きですし、今回も楽しくて心温まる、いい旅でした。
 
帰ってきた翌日、いろんな事後処理(主に写真データの速配)をしながら、
なんかホワホワと幸せな気分だなあと思い。
 
あ。今回のメンツは。
女子が少なく男子はやさしい声の癒し系が多く、
なんというか、逆ハーレムというか、に近い雰囲気だったから?
と気づき、
ひとりひとりとコアなお話もできたりして、
この年齢にしてナンテ幸せな人生なんだ?と思わなくもなかったのでした。 (大笑
 
お仕事のほうは、気配り大魔神なふたりで、ちゃんと走る時は走ってましたよ。
 o(ΦωΦ)o ビシッ
 
 
1日目は、
新宿→宮城の大移動と、亘理町の仮設住宅にてショーでした。 
住んでらっしゃる、めちゃ明るく元気なおばあちゃんたちは、みんな仲良し。親切。
 
ショーのはじまる前に
おばあちゃんたちをそりゃ大笑いさせながらおしゃべりしていたまことさんが、
するっとわたしに寄ってきて、
「ここ、子どもがひとりかふたりしかいないんだって」と教えてくれる。
 
震災から3年が過ぎて、
仮設から子どものいる家族はいなくなり。高齢者ばかりが残されるのかしらね。
 
そしてわたしは、その中で居心地の良い安定した「村」ができている気がしました。
(とはいえ、あの長屋みたいな建物だからね)
  
橋本Pは仮設があるかぎりこのキャラバンを続けたいとおっしゃってますが、
たぶん、なくならない気がするなぁ。
 
 
宿に向かう夕方のバスの中で、一緒にボラ・スタッフをしてる大ちゃんが、
「どうして仮設がなくならないんだ?」とつぶやくので、
 
高齢者は今さら新しい生活を望まないであろうこと、
(しかもあんなに仲良しになってしまったら、バラける気にはならないでしょうし)
県が新しい住居を用意する事業が思うように進んでいないこと、
→予算がうまくまわせず、建築に必要な技術者にみあう時給が払えない、とか。
を、少し話しました。
 
(金額だけをいうと、「予算を使いきれていない」という言い方になるようですが、
 県の担当者さんたちは仕事を怠けているわけではアリマセン)
 
もしかしたら、高齢者対象の「街づくり」には違う切り口が必要なのかもしれない???
 
 
2日目は、
石巻市の仮設住宅(午前)と小学校(午後)でショーを2回。
 
仮設では、駐車場に椅子を運ぶみなさんの手際の良さに、
いよいよ「村」としての団結を感じる。
 
 
それでもね。宮城県海岸南部の亘理や石巻は、
仮設住宅以外は、街としてかなりふつうの風景・生活に戻ってきたなぁという印象でした。 
 
 
 
3日目/最終日は県北部の南三陸。
 
高速を走りながらバスドライバーさんが、この辺に来ると風景が岩手に近いですよね、とか。
山の形とか、森の木の種類とかが変わってきててね。
 
そして高速を下りたら、なんかね、時計が巻き戻された気分になったんだ。
背筋がのびた。
このあたりは、まだまだ復興がすすんでいないって風景をしていたの。
 
 
ひとつには、あちこちで山や丘を切り崩しては、土を運び、海岸寄りに盛り土しているからで。
海抜を10メートルくらい底上げしたいようで。
 
だから。山と海岸近くがそれぞれ、むき出しの土色をしているせいもある。
 
山を切り崩してる近くには、
切りそろえられた細い木の幹が積まれ、
掘り起こされた根っこの山が濃い色でモヤモヤと広がり、
別の意味でとても痛ましい風景をつくっていた。
 
(このアイディアは、人間の傲慢や浅知恵を象徴しているように思えてならなかった)
 
というわけで、まだまだ 街/人が住む風景 にはほど遠いままなのよ。
 
 
さて。南三陸の山の上の仮設住宅に住む方々は、
素朴、っていえばいいのかな。
話をしてると、おばあちゃまがずっとうちわであおいでいてくださったり、
ショーに反応する箇所も他とはちょっと違ってたり、
(あれ、これじゃダメ? あれ、そこに喰いつく?みたいな)
 
おなじ県でも、つくづく同じには語れないわね。
復興の解釈も違うんだろうな。
 
 
ショーが終わって、
ランチに寄ったのは「南三陸さんさん商店街
仮設住宅の商店街というか、食堂街というか。
平日だというのにすごいにぎわいでした。まことさんいわく「上手な商売してるよね」
 
 
そういえば会場への行きと帰りに、南三陸防災庁舎の脇を通ったのですが、
それぞれ違うバスが停まってて、大勢の人たちがぞろぞろと説明見学しているようでした。
あれは観光?
はい。ランドマークか祈念公園にすべき建物であると思う。
 
 
そんな意味では、復興しきれていないことが経済に繋がっているのか?
とも思ったのでした。
 
 
 
そうそう。わたしの中ではもうひとつ。大きく感じいったことがありました。
 
行きのバスで福島を走り抜けながら、のびのびと青く風になびく田んぼを見て。
土地に対する深い愛情みたいなものを突然、実感したのでした。
 
何故。逃げないのか、住み続けるのか。
わたしの理解では及ばない感覚だと思っていました。
(もちろん、ひとりひとりの選択を尊重すべきという前提です)
 
なんだろう。最初に思ったのは、
(自分の中の感覚で近いとしたら)
 
恋人の性格や様子が変わってしまったからとて、簡単には捨てられないって感情に、
よく似ている?
 
昔と同じではなくなってしまった相手でも、それでも同じように愛着していたい。
キズついた(キズつけた?)相手だからこそ、大切にしていたい。
 
そして、ともにあり、
できれば一緒に復活に向けて、よい方向に向けて、歩いていたい。そんな感情。
違うかもしれないけれど、見当違いだと笑われるかもしれないけれど。
わたしは少し、わかったって気持ちになったの。 
 
 
傷ついた相手だからこそ、捨てられない。抱きしめたい。
愛し続ける――東北の風景 
 
 
(つづきます)

     

写真とか/1日目 2014/8/1

東京都被災地支援ヘブンアーティストキャラバン@宮城 4公演/3日間
 
7/27(日) 14・00- 亘理町 中央工業団地仮設住宅
 
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↑↑ 
今回のショーは入り方がステキだったんだよ。
マサトモジャの、準備中だかショーが始まってんだか?というアヤフヤな空気を背景に、
橋本プロデューサーがすぅっとご挨拶に入り、抜けて、始まるの。
 
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↑↑ 
NHK(地方)の取材が入りましたっ。
いい時間帯に何度か流してくださったみたいで、
次の日からの公演場所では、客席から「みたよ〜」と言っていただけました。
 
ただ、時間の関係でショーの途中でカメラに帰られてしまい、
はやとんぬ。。さんとまことさんの画像は撮ってくれてなくて。
が、それすら、まことさんはネタにして大笑いをとってましたけどね。
 
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↑↑
津軽三味線の清野(セイノ)さん
 
(ショーの流れとしては、このあと、
 TOKYO 雑技京劇団 と はやとんぬ。。 さんが入ります)
 
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↑↑
芸人まことさん
どんな客層相手でも、どんな状況でも、魅力的なショーを成立させ、
公演全体もヌケヌケとまとめ上げてしまう鉄壁にとぼけた話芸。多彩なバリエーション。
 
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↑↑
まことさんのファィヤー with 清野さん
 

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↑↑
宿でお食事してる途中、「映ったぁ!」と、全員で箸を投げてTVのある部屋へ。
わーきゃー。
 
(2日目に続く) 

  

写真とか/2日目 2014/8/1

あ。これですね。→平成 26 年度ヘブンアーティスト被災地派遣

2日目です。
7/28(月) 10・00- 石巻市 仮設大森第3団地集会所前
 
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↑↑
マサトモジャ
 
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↑↑
除文莉(シュ ウェンリ)TOKYO 雑技京劇団
 
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↑↑
孔さん TOKYO 雑技京劇団
今回、かれの変面(へんめん)に萌えww
京劇の役者さんでもあるので、間の取り方が絶妙で、仕草がいちいちチャーミングなのよ〜
 
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↑↑
はやとんぬ。。
ドイツ在住のダンサーさんです。アクロバットとコンテンポラリー。
 
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↑↑ 
火を喰う 芸人まこと
 
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↑↑
締めのごあいさつ
 
 
 
7/28(月) 14・00- 石巻市 開北小学校体育館 
 
炎天下の校庭でやるか、空気がこもりがちな体育館でやるか、
プロデューサーはぎりぎりまで迷ってらっしゃいました。
すべての窓を全開にして。
 
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↑↑
清野さん。大勢の子どもの前で演奏する機会は、なかなかないそうです。

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↑↑
孔さん。かわゆし。
ちなみに、孔子から72代目の子孫だそうです。
(あのな。満ちるほど膨大な数の「孔子の子孫」がいるからな。と、橋本P)
 
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↑↑
曲笑兵(チュウ シャオピン)TOKYO 雑技京劇団 
この美女は来日5カ月だかで日本語がまるでできませぬ。
それでも別れるときには、わたしとハグして別れを惜しむ仲良しに。
「シンクゥラォ(辛苦了)」って言葉を習った。「お疲れさま」ですって。
 
今回のツアー、女子部屋はウェンリとシャオピンと3人で相部屋でした。
昔ながらの旅館で、畳の部屋に枕を並べて。
ウェンリが日本語と中国語を話せます。日本の温泉の入り方を、細かく教えたよ〜
 
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↑↑
はやとんぬ。。 with 客あげされた女の子
 
 
(3日目につづく)

  

写真とか/3日目 2014/8/1

3日目、最終日です。
7/29(火) 10・00- 南三陸町 平成の森団地(仮設住宅です)
 
南三陸は宿から遠くてね。この日は5時起床。
そうだよね。
3日間、朝は早くて。夜は何やかやで12時過ぎまで(そのあとも枕が合わず)寝られなくて。
帰ってきて2日たってもバテバテなはずだわ。
 
 
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↑↑
東北の風景を背景にすると、津軽三味線の音はスゴク似合う。
空気にびんびんと響いていく感じ。
このとき、広い広い駐車場のステージとは逆の端までいってみたけれど、
太棹の音はそんなに変わらない音量で響くのだった。
(周囲が静かだということも、あるだろうけど)
 
津軽三味線で角付けする。
風景の遠くから音が聴こえてくる。
という感覚を想像してみる。壮大な空間が、からだの中に落ちてきたよ。
 
↓↓ (カメラのバッテリーが尽き、続きはスマホで撮ったので縦横比が変わりました)
 
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↑↑
んん。わたしとしては、これをコンテンポラリーとしたいのならばイロイロと感想がある。のだが。 ……
 
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↑↑
まことさんの両腕にはタトゥーがいろいろと入っているのだけれど。
2日目の午前中のショーのあと、ひとりのおじいちゃまに質問されてからは、
蒸し体育館でも炎天下でも何気にずっと、手首までのシャツを下に着てらしたんだよね。
(そのあとのランチのときは半袖でした♪)
 
んん。横浜や三茶と、宮城では、タトゥー文化の受け取り方に多少の差があるよね。
 
わたしも。すれ違いざまのおじさんに、にひひひという顔をされたり、
大勢のおばさんから、妙ににこにこと話しかけられたり、お願いごとをされたりしたのは、
たぶん髪にドピンクのエクステが幾筋か入っているから?とも思うんだ。
(や。今月のこの配色は東京でもカッコイイネと知らない人から声がかかるくらいだし) 
 
まあ、それはともかく。
今回の旅では初めて会った女性たちと、慣れ慣れとよくおしゃべりをしました。
たぶん病院でボラを続けているのと、
(そのうちに書くけど、近頃特に、思うこともあり)
話しかけやすいオープンマインドな笑顔と身体になってるのかな、と。

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↑↑
集合写真です。
 
今回はナント、帽子を忘れて!!!(しかも、この旅のために新しく買ったのに!)
スカーフをイスラム女子みたいに巻いてたりしました。
 
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↑↑
このおばあちゃま、シャオピン(緑のほう)の頭をなんどもナデナデしては「かわいいかわいい」と。
むん。美少女にみえるけど、20代半ばですからね。ま、いいけど。
 
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↑↑
ジャグリングもできる隼人さん。
 
 
もじゃくんは、気持ちが(調子に?)のると延々とショーを続けてしまう癖があり、
普段のショーでは問題ないけど、
こういう何人もによるショー構成だと、続く人もずるずるしがちで、
最後は、
さすがのまことさんが、上手に時間調整と内容変更をするはめになり。(ご迷惑?)
 
でも。最終のこの回でのもじゃくんは、自制して切り上げ。甲斐があってか、
ショーのあとのジャグリング(+マジック)教室がちゃんと出来ました。
 
 
このあと、食事。そしてバスは新宿へすっ飛ぶ。 辛苦了。
 
東京の夜景が見えてくると、「帰ってきたなあ」ってウキウキする。と言ったら、
大ちゃんに、えー?と言われました。 
ええー?? わたしはそーだよ。
 

  

これです! 2014/8/3

みつけたよ〜 NHKの宮城版!
 
『仮設住宅に支援の大道芸人』
↓↓
http://www3.nhk.or.jp/tohoku-news/20140727/3265421.html  

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