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ヘブンアーティスト被災地支援 @岩手 2012
岩手から帰りました! 2012/8/4

ヘブンアーティスト被災地支援@岩手! おかげさまで無事に帰ってきました。
報告したいこと、いっぱいあるけど、
1600枚撮っちゃった写真の整理とかが先かなあ。

あ。
最後の最後にあったアクシデントは、書き落としておかないとチョット落ち着かないから。
あとで書くかも。
カテゴリーは「事件でした」。(*´ο`*)=3 ふぅっ。人間は、日本人はステキです。

Cimg2594  
半端なく楽しくて、いろいろと意義深いツアーでした!
3回の公演ごとに別人のようなレベルアップをみせた舞ちゃん(右端)。
ショーの切れ目に幼稚園の先生がハエたたきで落としたハチを受け取り、その場で
ホンモノの蝶々にして空に放ってみせた!スゴ腕マジシャンのもじゃじゃ(左から2番目)。
わくわくが止まらなかったよ。

てんこのカメラの写真のほうが、よく撮れてるな。

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そして。

Cimg2616  

10ヶ月前の岩手ツアーでも、行き帰りで計4回だかの虹をみましたが、
今回も東北自動車道で虹にお見送りされた!
2重で、クリアで、ぶっとい! もうすぐ53歳の人生初、の見事さかも!

Cimg2619  

これが左端。バスの窓を開けて写真をとったから、色見が少し違う。
どんだけ壮大な景色だったか!

 

そうそう。
ツイートで、りんこちゃんを「てんこ」と書いてあるのは間違いではアリマセン。
岩手ツアーメンバーオンリーの愛称ができたのよ。

    

こういうときに人間性がわかる@岩手 2012/8/7

ヘブンアーティスト被災地支援@岩手 の帰り道。
ボスの橋本Pは、次の地に向かうために(お忙しいです)一足先に岩手を出てたのね。
残ったメンバーはバスの中で、よく食べ(よく飲み)よく寝てよく笑い、あとは新宿に着くだけ!
だったはずなんだけれど。

東北自動車道。
「ちょっと不安なので次で給油によります」とドライバーさん。どーぞどーぞ。
(ドライバーさんたち、それは優秀なおふたりで、プロの仕事とはこういうことかと教えられたし、
「門前の小僧です」とかおっしゃって、力仕事のお手伝いもしてくださるんだよ!)

で、PAに入る細い坂道、
んんんっ?と思ったら、メーターがまばたきをして、消滅。
――バスのエンジンが落ちたっ!!

あれ? あれ? ガス欠? エンスト?
とやってたら、後部席のフットワークの軽いコたちが、
「後ろが車の列になってきてますよ。ちょっと説明してきますか?」と立ち上がってた。
「こういうときは、大勢で動かないほうがいいから、まず座んなさい」と、ブリウリのしげみねーさん。

そっか、スタッフ最年長はわたしでした。ドライバーさんと軽く打ち合わせて、外に出る。

普通車はぎりぎり通れたので、デパート店員さん仕込みに頭を下げて、一台ずつ通す。
さて、トラックが来て、再び流れが止まった。
うん。暗闇の中央分離帯で、女であるわたしがライトに照らされて立つことには、すでに下心があったよ。
案の定、肩をいからせてのしのしと来たトラックのドライバーさんは、わたしを見るなり踵を返した。
バスのドライバーに怒鳴りたい人も、女相手だと控えてくれるって、ね。

PAのスタンドからタンクでガソリンを運んで、ポンピングしてもエンジンはかからず。
そろそろバスのエンジンを動かすより、どかして他の車を流すことを優先しませんか?と声をかける。

道路公団の方たちやスタンドの方たちも来て、電話をかけたりあれこれしてると、

「なんやってんだよっ!」とオ約束なヤンキーが登場。「××××××……」怒鳴り散らす怒鳴り散らす怒鳴り散らす。
でもね。
結果からいうと、このバカの登場で、
横をすり抜けた見ず知らずのトラックのドライバーさんが行ってしまわずに残って、ほんとうにご親切にも
バスの牽引をしてくださったり、(「だってめちゃくちゃウザかったし」と、あとからローカルな言葉で憤慨してらした)
後ろから様子を見に来てたおじさんが、笑い出して
「故障は仕方ないんだからさ、全然気にすんなよ。で、どっから来たの。お疲れさん」とわたしに言ってくださったり、
つまりみなさんの怒りの矢印が、わたしたちではなくてこのバカに向かい、むしろ味方になってくださったのでした。
さっきの怒鳴りかけてやめたトラックのドライバーさんは、牽引のジョイントの具合の面倒を見てくださったしね。

助けてくださったトラックのおにーちゃん、お礼を言ってお名刺をもらったら、
専務取締役という肩書きでした。人格も、専務取締役、だわね。

ちなみにエンジンは、牽引してもらって車輪が回ったら、復活しました。
なんだったんだよっ。

 

でさ。
バスはスタンドに向かい、専務さんにご挨拶してて取り残されたわたしを、
公団の方がご親切にも付き添って道を渡してくださって、

スタンドでやれやれ一件落着だぁと、トイレを借りて。
ドライバーさんのおひとりと手を洗いながら、クールダウンしようねとか言って戻ったら、

件のバカがわざわざスタンドまで追っかけてきて、残ったドライバーさんに怒鳴り散らしてやんの。
視線の隅に入るところに立って、一緒に頭を下げる、けどさ。
「あんたは客なんだから、関係ないだろ」とわたしをはずしたがるのは、
さっきの道端でのやりとりで、チトかなわないのを知っているから。
もっと言えば、近くに立つもうひとりのドライバーさんは無視ですよ。スポーティーな巨漢だからね。
控えめな人間を選んで、鬱憤を晴らしてる。

ああ。エンストしてるときね、
こっちが(当然ですけど)恐縮して謝ってるのをナメたのか、
「後ろの車じゃ、腹が痛ぇって困ってんだよ」と大難癖を始めようとするので、
「救急車を呼びますか?」「あ゛ぁん?」「(大真面目に)具合の悪い方がいらっしゃるのなら、
こちらの責任で救急車を呼ばせていただかなくては……」

「はい。そのとおりです」「本当に申し訳ございませんでした(←意識して、過去形)」
「ご指摘をありがとうございます」の繰り返しで、バカの罵詈雑言はやっと収まり、
下品な言葉を吐き散らすお連れと乗り込んだ黒いワゴンに、丁寧に頭をさげて見送り、
完全に相手が消えたことを確認してから、言いました。

「暇だよねぇ」

 

バスに戻ったら、
しげみさんが無言で笑顔で握手してきた。
うぁっ。この人はわたしの今の頑張りがいかほどだったかをわかってくれてる。うれしい。

と、目の前でスタッフのなつが大笑いしたので振り向いたら、
ダンディーが信条の筒井さんがだよ、ありえないほどひょーきんな顔をつくってフリーズしてて、わたしが見ると崩したのでした。
ほわほわと緊張がほぐれて、大泣きしそうになったよ。ありがとう。

 

 

無事に新宿に着いたとき、全員、大拍手と感謝の言葉だけでした。
あたりまえのようで、素晴らしい。
このことに関しての責める言葉や文句は唯一、わたしがあのバカをあのバカと説明に使っただけですから。
これが大道芸人(とその周辺)の心意気。

 

  

お気に入りな時間♪と@岩手 2012/8/7

幼稚園でのヘブンの公演が終わり、あらかた撤収したので園舎のふちに腰掛けて、残りの作業を眺めてました。どーせおばさんは邪魔だろうさっ。
すると、先生のおひとりが話しかけてきた。

さっきまでこのりん(小仲井さん)に熱心に話しかけてらした方なので、ジャズが好きなんだろうな。「こんな田舎で、こんないいものを身近で見させていただいて」(←東北のイントネーションで読んでね)と、興奮いまだ冷め遣らず。

わたしが好きなシチュエーションはね、
こうして二人で楽しくおしゃべりしてると、他の先生方もひとりふたりと加わり、手の空いた他のメンバーもばらばらと加わりして、
ふわりと持ち寄ったような、10人くらいでの和やかなトークになる、あの空気。

このときは、わくわくが冷めない(おそらく普段は生真面目な)女子たちの夢見心地に、もう少し魔法の粉をふりかけるように。
親しみやすい上質な文化の香りをたてるように、明日の気持ちの糧と繋がるように、

 

そこに、ランチを済ませてきたらしい園児たちが10数人、駆けてきた。
きらきらをまとってる。うははははっ。きらきらわくわくしてるよ。かぁいいなぁ。

先生がその中のはにかみ屋さんの背を押しながら「このコが恋をしちゃったらしくて?」とおっしゃるので、どの人?と聞くと、ジェンさんを指す。

このおにいさん?とタンクトップを引っ張ると、するりとシャツだけわたしの手に残り、ジェンさんはついてこない。振り返るとハダカのまま笑ってる。(芸人ってのは、こんなときでも見せ場を逃さない)(くそぉっ)(そりゃ、みんなは大喜びだが)
今度はがっつり右手を掴んで引き寄せ、握手する?と聞くと、いやいやと首を振る。
れ? この人じゃないの?と、ジェンさんの頭にぺろんとシャツを投げながら訊くと、
チョコさんを指す。

やーい違うってぇと、チョコさんが来て、
このおねえさんなのね?と訊くと、またいやいやとする。
え???っとぉ???

そして、ジェンさんを指して、チョコさんを指差した。
おおぅっ。
このふたりがさっきケンカしてたから心配になっちゃったんだ?と訊くと、こくりとした。
(念のためにいうと、ショーの内容が男女の喧嘩をベースにしたアクロバットです)
「大丈夫だよ、僕たちはもう仲直りしたんだよ。今はこんなに仲良しだよ」と、あわててジェンさんがチョコさんの肩を抱き寄せる。
先生たちも同じようなことを口々に言い、
女の子はようやくにっこりとした――

 

 

あんなに親身に心配してくれる反応ってすごいね、
帰りのバスでチョコさんに言う。
「仲直りしてからの演技をたっぷり見せてんのになぁ」
それでもあのコには心配しちゃうほどの印象が残ったってことよねえ。

ってかさあ、チョコさん表情がくっきりしてきてない?ウンヌンと言ったら、
最近、気持ちとからだをリンクする演技のWSに参加してるんだって。

大道芸でも、演劇のような感情の揺さぶり方ができるのかも? そしたらスゴイね。

   

ノセてみた 2012/8/11

ヘブンアーティスト被災地派遣@岩手2012

1600枚の写真のうち、100枚くらいはボケていたりで落として、1500枚。
ぱらぱらまんが風のスライドショーにしました。

前回は、関係者と家族にしか見せなかったけれど、
今回はもうチョットはマシに作れたと思うので、

YouTubeにアップしてみようと思いつき、はじめての挑戦だぜぃ!

 d( ̄  ̄) 〜♪

 

被災地の写真は入っていません。
10ヶ月前の前回も、今回も、わたしはカメラをむけられなかったのです。
(風景については別に書きます)

被災した方たちのことを思うと、軽々しく撮れないとも思ったし、
撮影者の眼になると、無意識のうちに、より悲惨な被写体を探す自分がいるわけで。
それが、嫌。

だから、
夏休みの幼稚園や小学校での公演、の写真集です。

 

カメラを持ってると画像を掬う自分しかいなくて、こんなに一緒にいるのに、ひびちゃずけの音楽が入ってこないっ。(T_T)
はじめて出会ったもじゃじゃだって、つまり、ちゃんとショーとしては観られていなかったってことだっ。(このコは被写体としても楽しいので、いんだけどねっ)

 

全部見てねっ ↓↓↓↓↓ 

2012/8/4 大槌町
http://youtu.be/OR-AGj5c-YE

2012/8/5 釜石市
http://youtu.be/3J_tev2SRKQ

2012/8/6 大槌町
http://youtu.be/93p1JA1VNq4

 

(関係者さまには、お会いしたときにディスクでお渡しします)

  

釜石の風景@岩手 2012/8/14

カテゴリーに「大震災」を選びながら、恐ろしいことに、
東京の日常に戻った自分の中で、
言葉が風化しかけていること気づき、ガクゼンとする。

たとえば「太平洋戦争」あたりと同じくらいに、現実感が失われつつある、かもしれない?

時間の流れとは、そういうものか。
千々に乱れ、泣き暮れた心の痛みが、遠い過去になりつつある?
つい先日感じたばかりの無念すら、風化が始まっている?

 

ニュースとか、世の中では「ナニカが起こった」ことを報道するわけで。
何も起こっていないことは、ニュースにはならない。

10ヶ月ぶりの釜石の風景は、のどかに、痛々しかった。

震災半年後の街は、廃墟が残りつつも整備されつつあり、人々の努力に涙した。

けれど。

それから10ヶ月ぶりに見た風景は、夏草が生い茂り、廃墟な建物は土台だけとなって夏草に埋もれ、

だが、

そこにはまだ、街は生まれていなかったのだ。ただ茫漠と、夏草が広がり。
ところどころでクレーンが、作業しているけれど、
人の住む「日常」は失われたままだった。

そして、何も生まれていないそこについて、
報道はされない。たいがいの人々の意識から遠い、遠くなった、忘れられた場所で、
人知れず?色あせていくのみ、なのだよ。

 

再生するのだと、信じていた。街が。
なんの根拠もないままに、思っていた。
失われた街は、人々の手できっと、もとに、戻るのだって。

――違う――

どうやら。新しく、街が立ち上がるのを待つしかないらしい。

何もない荒野に、何がしかのとっかかりで人が住み始め、よろずや商店が出来、女郎屋が出来、家族が住み始めて開拓され――
という、
無からの立ち上がりを、もう一度待つしかないらしい。

 

行政にも、計画は建てられないのだ、きっと。

 

釜石に港の風景はあったけれど、浜辺の街は失われたままだった。

それは。

人々が、一歩、山奥に住み始めただけかもしれない。
波の届かぬ高みに。

山の中に移転した仮設の幼稚園の先生に、
その前に、打ち捨てられた、被災して崩れた鉄筋の、以前の園舎をみていたわたしは、
「そっか。波の届く場所では、そんな場所では、どんなに安全を保障されても、もう子どもは預かれないってことね?」と言い。
「気持ちの問題なんですけれど」と、返された。

 

一方で、
塀や門扉には遺体が散乱し、泥や漂流物が床に積もった園舎を、
ていねいに掃除して、
未だに居残る「霊」を、その身に無言で引き受けたままの園長先生を、
(当日から3日間の記憶を失ったままだそうです)
そうとはわからぬままにも、コマメに他の先生たちがフォローしながら、
もとの場所で続いている幼稚園も、ある。

向かいの住宅は、区画と土台を残して失われたまま。
息を飲む若い連れに、
でも園児たちは毎日、この風景の中で暮らしているってことよ、と言うと、
――絶句、溜め息。数分をかけて、自分の中を整理していた。

訪れたおとながそんな状態の風景の中で、
無邪気に走る、園児たち。の、心の奥まで、わたしには、見えないけれど。

 

原発、ね。それも大切な問題よ。
汚染されて、そのままフリーズしてしまった街がある。大切な問題よ。
優先順位。わかるわ。

わかるけど。

復興は進んでいない。
みんなが思っている以上に、進んでいない。これからも、進まないでしょう。
お金は、こちらには、回ってこない。

 

 

寒い、よ。

どうしようもないけれどね。

 

じりじりと日に焼かれながら、寒い夏と出逢ったよ。
美しい人々の、無念の笑み。

 

そして、東京の。人のいい、物忘れの早い、喧騒。
わたしは、その中の。ひとりに、過ぎない。

  

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