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ヘブンアーティスト被災地支援 @岩手 2011

  

明日から 2011/10/2 

アートタウンのつながりで、明日から
被災地へ大道芸をお届けするヘブンアーティストの「キャラバンバス」のお手伝いで、
岩手に行ってきます。 6日までね。

って、
急に寒くなった東京。 北はもっと寒いよね。 何を持っていこう?と、そっちを焦ってまする。

先輩ボランティアスタッフさんたちには、
平日だから客寄せが大変なんじゃないの〜?と、威されつつ。 
ま、どうにかなんでしょうよ。

夜は花巻温泉泊。

   

リンクリンクリンク! 2011/10/8

お手伝いしたヘブンアーティストの岩手キャラバンについて書こうと思うのだけれど、
いろいろな思いがぐるぐるしてて、書き始められないんだよね。

昨日は、自分のカメラの中の500枚ほどの写真を整理しながら(画像の明度調整とか)、
ぼーっと繰り返し見ていたよ。

GEN(ジェン)さんやちょこさんのからだを通して垣間見えたクラウンの演技、とか、
HIBIさんのストリートジャズのビジョンには、とんでもない可能性が秘められているんじゃないか?という疑問、とか、
それらが全部、ミュージカルのコアな何かを、指差しているような気がするんだけど――

 

パフォーマーさんたちは元気にレポしてらっしゃるので、
見つけた範囲で、リンク。

栗原舞ちゃん(一輪車とヨーヨー)の。
http://ameblo.jp/unicycle-artist/entry-11039724479.html
集合写真だよ!

HIBI★Chazz-Kさん(サックスアンサンブル+ドラムス)の。
http://ameblo.jp/chazzsta/entry-11038481555.html
http://ameblo.jp/chazzsta/entry-11039445995.html

  

アタタメタ感動@岩手 2011/10/9

岩手キャラバンについて、
話すべき順番というより書きたい順に、内容を分けてブログに書くことにしました。
んで、タイトルに @岩手 と入れるネ。
そして、このツアーでのわたしにとってのクライマックスが、
ボランティア系ではなく、ショービズ系であったことも、深く自覚しようと思います。
(2番目のクライシスは、初日に見た釜石の風景)

2日目の午後の公演について書きますが、
パフォーマンス系にかかわったことのない方には、一体ナンノコッチャ?な内容だと思います。
ごめんね。
実感できる人には、スゴクわかってもらえると思うんだけれど。

 

このときのショーは、中学校の中庭で、生徒たちとご近所の避難所の方々にお届けする公演でした。
で、問題は!! この「中学生」という難しいお年頃のご見物の皆さまが、お行儀よく無反応に固まってらっしゃいまして。
――無反応――
パフォーマーがにっこりと、何をしても、冷たい風が吹き渡る、客席前方エリア。
(この無反応さは、震災の心的影響というより、年齢の問題だと思ったんですけど、どうなんでしょうね)

やばいやばい。
パフォーマーさん全員の、極上笑顔の裏側には警戒警報発令。 どーするよ、コレ?

オープニングと紹介が終わって、『クリコネカ』さんの持ち時間。
ヨーヨーの金子さん、いつも違って中学生向けな言葉遣いに内容です。(もともと兄貴な風貌だしね)
微かな笑いが起きる。
のがさず、客席の中に「いじりキャラ」をみつけて、少しずつ空気を壊していく金子さん。 

わたしは、公演の旗を持ってサイドに立ち、にこにこと、客席の横顔を観てました。
内心は、はらはらどきどき、スリルとサスペンス。
そして確信する。
このコたちは、冷めているんじゃない。 ライブとかの経験がないから、どう反応すればかっこいいのか(幸せなのか)を知らないだけだ。

客席の笑顔や拍手の拡張器となるよう、自分を意識する。 空気を揺らす。 
パフォーマーの動作にはていねいに、ガンバレ、折れるな!と笑顔と頷きで反応する。

『クリコネカ』さんが最後に使う曲が、AKB48の「ヘビーローテーション」。 控えめに起こった手拍子を、ここだっとばかりに盛り上げる。 のせる。 

客が反応として出来る動作は、笑う、拍手する、手拍子する、歓声を上げる、踊る――
笑うとか、拍手するというのは、1方向だけれど、
手拍子するのは双方向で、その場への参加意識がケタ違いになる。

 

しかし手ごわいぞ、中学生。
盛り上がった客席は、すぐに冷める方向になりやがった。 (でも、内心はわくわくと次を期待している、横顔たち) 
この辺でわたしも、歩き回りながらサックスを吹いているHIBI★Chazz-Kさんたちと、客席越しに笑顔の交流ができるようになりまして。
うん、大丈夫。 空気は少しずつ、「あったまって」きてるよ! あたためろ、あたためろ!

 

次は『GちょこMarble』さん。 (この、素晴らしい!おふたりについては、別に語るゾ)
ていねいに、媚びることなく、ラブコメなショーを織り上げていく。
GENさんは、金子さんがつくった客席の「いじりキャラ」とその周辺を、ちゃんと引継ぎ膨らませていく。
そしてちょこさんとおふたりで、客席をまあ、文字通りに揺さぶる揺さぶり、静かな感動へとふんわりとまとめて、

次を繋ぐ時間は、
パフォーマー全員が、お互いに交流しながら、一体となって、それはステキな空間を作り出しました。
あとから自分のカメラを見たらね、オープニングからこの時間までの50分間が、空白。 
スリルとサスペンスに、写真を撮るどころじゃなかったみたい。

続く『中国雑技芸術団』のふたりも、それまでにはなかったステキな笑顔の演技になっていました。 

 

この公演までの2公演も、それはステキなショーだったんだけれどね。
この緊張を潜り抜けたあと、全員に
ひとつのユニットとしての一体感みたいなものが醸されてね。
お互いをフォローするような振付が入ってきたりして、

残りの2公演は、ホントに素晴らしいショーだったんだ!!! 

って流れが、わたしにはとても感動だった。

 

ショーってのは、お届けするものじゃないんだね。
その場に居合わせたみんな(お客さまもふくめて)で、作り出す空気のこと。

ということを、今のミュージカルではおろそかになってはいないか、チェックチェック!

  

東北の風景@岩手 2011/10/12 

一緒にスタッフした恵美ちゃんや智くんのカメラのデータも手に入れて、
HIBI★Chazz-KさんのCDも手に入れたし、
今日は朝から、東北の写真を整理し、スライドショーの編集をしてます。

週末のアートタウンで、関係者みなさんにお渡しできるように!
というわけで、それ以降、ウチにいらした方は強制鑑賞会ですからっ!

 

「東北の風景には隙間がない」と言ったのは、GENさんでした。
あ、ソレわかる!とわたしは叫んだけれど、くわしく話したら少し違ってて、あっと、えっと、
んっと、違わないか、な。
GENさんは、山の緑がぎっしりしていることを差し、
わたしは黄金の田んぼが隅々まで、森の際まで開墾されてることを感じたのだが。

んでね、そのみっしりと、広々とした空が同居している。

 

旅から帰ってきてから友人が貸してくれたコミックに「I(アイ)」というのがあって、
それを読んで、最終的に確信したのだけれど、

東北には、独自の哲学があると思います。
賢治とか寺山とかにも共通する、みっしりと重く、突き抜けるような広さを持った、哲学。
厳しい自然と必死に闘う一方で、遠野物語を語り継ぐ文化。

へなちょこな東京人なんか、てんで歯が立たないような。

 

 

さて、
新宿を6時半に出発して、キャラバンバスは北へ向かい、

宮城県あたりで両側に拡がる、先日の台風でなぎ倒されたのか、なぎ倒されたままになっている金色の田んぼが妙に気にかかる。 収穫を放棄しちゃったのか?と心配になる。
行きずりにはわからない。
自分は無責任な、ただの行きずりなのだ。
収穫が済んだ田んぼもある。
一部だけ刈り取られた田んぼは、放射線量の検査中なのか、結果が出てしまったあとなのか。 風景ごとにドキドキと気にかかる。

 

そして釜石駅で、
前日の四国から夜行列車を乗り継いできたパフォーマーさんたちと合流し、
海に向かう道。
あそこで変わるから、と予告はされていたんだけれどね。

二階屋の、二階から上は普通の日本の風景。
一階部分は、ガレージのように、何もない。 この半年で、ガレキや泥は掃除されたのだろう。 そんな廃屋と、
コンクリの土台が間取りをなぞって残った空き地、とが並ぶ。
海に近づくにつれ、二階もガレージというか、骨組みだけというか、
生き物の内臓をさらしているような家も、まだある。
そして、
どうすればこんなふうにひしゃげるんだ?と、理解を超えたつぶれ方をした車の残骸が、
10台くらいずつあちこちに、ていねいに並べられている。

写真とか映像で知っているはずの風景です。
だけど、駅から海までの距離という空間を自分のからだで捉えると、
この空間を、海水が覆ったのだ、渦巻きぶつかり、流れ戻したのだ、とイメージすると。

膝が震えた。 背筋が伸びて、涙がにじんだ。

怖かった。

そして、
半年かけてここまで整地した人々の、コツコツと積み重ねた日々と労働に感動した。
人間はすごい。 東北の人はすごい。 かなわない。

  

大槌の4つの小学校と1つの中学校は、今、丘の上の仮説校舎にある。
この地の仮設住宅はあちこちに点在していて(まとまった地面が得られない結果)、それぞれからスクールバスでここに通ってくるのだそうだ。

Cimg1784_2  

吉里吉里小学校も丘の上にある。

Cimg1805  

この校庭の反対側は、

Cimg1806  

左端の緑屋根の一階までが、海水を被ったのだそうだ。
まあ、つまり。 岩手の海辺の子どもたちはこの風景の中で、毎日を過ごしている。

休み時間の校庭で、女の子たちに鉄棒の逆上がりのコツを教えたついでに、
「大変だったの?」と訊いたら、みんなでここにつれてきてくれて、口々に話してくれた。

公演終了後は、この近くで、ご近所のおばあちゃまとも長々と立ち話をした。

 

津波の話をするとき、地雷な単語や文章がある。 が、あまりに思いがけない。 

子どもたちのときは、なんだかわからなかった。 
はしゃいでいたひとりの表情がすぅっとなくなり、え?と見つめたら、
テープが巻き戻るように話題が少し前に戻って、何事もなかったように別の方向へと進んだ。
おばあちゃまにはうっかりと、
「今の海はこんなにキレイなのにね」と言ったとき、同じことが起きた。
(以降は気をつけましたっ)

ただねえ。

お医者にかかると、これも症候群だナンだになるのかもしれないけれど、
人間の自己防衛として、ごくあたりまえな状況なんじゃないの?という気がした。
人はこうして心のバランスを取って生きていくんだよね。

それは、東京で一歩一歩生きるわたしたちと同じでは?とか。

ケアするのは、専門職より、周囲の人々の役目なのでは?とか。

 

 

たまたま、
わたしがお話や挨拶を交わした方々が全員、底抜けに明るく元気だっただけ、かもしれないけれどね。
(愉快で息を呑むような大道芸と一緒に行動してたわけだし)

  

小春@岩手 2011/10/13

小春と書いてシャオシュンです。

中国雑技芸術団の女の子で13歳。 
筆談しようにも、漢字が苦手みたいだし。 周りはおとなばかりだし。 
甘いものとか節制しなきゃいけないし、
選択肢が、貧しい農民の生活か、厳しい雑技の修練か、でしかなかったらしい
――このコの人生って?

日本語? 全然しゃべれませんよ。
ただわたしは過去、依依のホストマザーだった経験があるので、
日本語だけでもなんとなーくコミュニュケーションが取れる。 (サンキュ、依依)

なんて呼べばいいの?と日本語で訊いたら、紙に「小春」と書くから、
「(えーと)シャオシュン?」と読み、そしたらうれしそうに頷いた。

温泉の入り方を教えたり。 一緒にふざけたり。
あと、女優の扱い(笑笑っ)と同じ感じで。

だんだん、かの女が開放されていくのがわかる。
お行儀もわたしの真似をして、スリッパを脱いだら振り返ってそろえるとか、
言われなくてもするようになる。
参ったのは、わたしの口真似で日本語を覚えて。
「おはよ」「ありがと」と、上から口調。 ま、そのうち、気づくだろう。 

お風呂で観察しちゃいましたが、背中の筋肉が不思議な張り方をしていました。

 

最終日の夕飯のあと、
パフォーマーさん同士でコラボが始まり、その中心が小春。

で、初共演?したGEN(ジェン)さんがびっくりして教えてくれました。
(って、酔っ払った細身のGENさん、女の子三人を膝と肩に載せてショーのポーズを決めましたから。 すごいのよ)

日本のサーカス学校では、下を支える側がバランスを取り、上の人間は棒になれと言われるんですって。
でも中国雑技の小春は、自分ですごくバランスを取る。 だからGENさんは自分が棒になることをイメージしたんだって。

 

13歳の旅館の伝統行事?である枕投げを教えるかどうか迷ってましたが、
という流れの末、 結局こんな感じに。

927  

ははははははっ。
(左に移っているのは同じくスタッフのよーこちゃん。
 撮ってくれたのが恵美ちゃん) 

んで、
このあと岩風呂に行ってみんなで13歳になり、お湯のかけっこ!をして遊びましたぁ。 

  

誰のためか。@岩手 2011/10/27

震災直後。
今では、みんな混乱してたから、と理解を示せるけれど、

あの頃は、垂れ流される、膨大で無責任な糾弾とか糾弾とか糾弾とか!に参ってしまい。
マジうざい。 と、父にこぼしたら、言われました。

そーいう人には、ではあなたは実際にはどんな行動をなさっているのですか?と静かに訊いてみなさい。 大声で騒ぐ人ほど、実はなんの行動もとっていないことが多いから。 たぶん黙るよ。

いや、さすがにそんな底意地の悪い行動には出られず。
あと、もうひとつ。
自分も基本、黙るほうのスタンスに流れた。 確かに、では自分はどんな行動をした?と自分に問えば、恥じることでもないが胸を張れるほどでもなかったので。

 

付け焼刃なメンタルケアの勉強もし、かなりの金額を支払ったわりには、実はこれもうーむうーむと偽善と疑問に悩まされることになるのだが(コレについては、また別に書きます)、

なかなかボランティアにも踏み切れず、

一方でボランティアしてない自分に焦りもし、

だが、ホンのチョットだけボランティア(とも言えまい。 楽しんじゃったもの)しただけで、
なんとなく落ち着いたというか、居直れた自分の浅ましさというか、と向き合い、

 

結論。
ボランティアは、自分の無力感を慰めるために、つまり自分の気を済ませるために、
「させていただくもの」ではないかと思いました。
他人さまのため、ではないです。 たぶん。 

と考えが至ったとき、
ありがとうとお礼を言われる方々に、
とんでもないと、こちらの頭はもっと深く下がるようになりました。

いや、本当に心底、向き合われている方も大勢いると思います。

日常の生活からが、他人のためにささげられているような人生を選んでいる方は、
きっと別です。
それは、真のボランティア。 ただ、少なくともわたしは違うな、ということで。

 

大震災があり、
自分も何かしなきゃ!どうにかしなきゃ!という義務感も、実際の行動も、
体制などに対して(口先だけで)糾弾し続けるのも、

自分の無力から目を逸らすための、自衛本能。 
自分の心のキズを癒すための、気休め。

 

東北の応援は(支援というナニサマな言い方はできないです)、
特別なことではなく、日常の延長として、
東京の、世田谷区の、隣人に対する礼儀とか応援とかと同じ感覚で、
捉えていければなあ、と思います。

たとえばエンターティンメントに従事する者は、
自分が、出逢った人々を励まし楽しませ驚かす人生を選んだ、そのままの感覚で、
東北とも向き合えばいいのかな、とか。

つまり、自分の隣人すらを大切にしていない人は、
偉そうに東北について語るなよ!ということになりますが。
そこまでカリカリすると、また憂鬱になるから、――無視。

 

 

よーこちゃんは、何度も被災地に足を運んだ方ですが、
宮城だかの被災地に行ったとき、
現地のおじいさんに「こんな何もないところに、よく来てくれたなぁ」と感謝され、うっかりと
「何もなくないですよ、空気もおいしいし」と答え、
「んん。 その空気も汚れちまったがなぁ」と、のほほんと返されたそうです。
よーこちゃんは言葉を失い、でも、おじいさんはにこにことされてて。

東北の方々は、尊敬に値するほど、強い、です。
この前リンクを張った、3枚セットの写真サイト、見た?

も一回、
http://blogs.sacbee.com/photos/2011/09/japan-marks-6-months-since-ear.html

直後の灰色なガレキの山々が、
人の手によって、キレイに整理、掃除され、
そのあとに鮮やかな緑が覆う、景色の数々。 
人の、自然の、甦りのステップ。 

わたしたちの方が、謙虚でいなくては。

  

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