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2010/9/4-10 ロシア アルバム その5
7日間のロシアの旅です。 500枚くらい撮った写真の中から347枚を紹介〜〜♪

 

マイセン。
琥珀の間は撮影禁止なので、手前の部屋から撮ってみました。
壁に琥珀が貼り詰めてあります。なんていうのか、石のパワーが籠った息苦しい部屋です。
きれいだけど、落ち着かない。
 
プロシアの琥珀好きの皇帝から送られた琥珀で飾られていたが、戦時中ドイツ軍に持ち去られた。今でもその行方は謎。(でもドイツの博物館からロシア軍に持ち出されてうやむやになってた美術品もあるわけだから、どっちもどっち?)
 
あ、金がかかりすぎて、なかなか修復が進まないんですと。左の壁とかはこれから貼りこんでいくそうです。
この部屋から建築デザイナーが変わります。
古代ローマをモチーフにしてて、食器もお揃いです。そーだよねえ。部屋と食器がお揃いってすごいよねえ。
最後の廊下が資料写真やイラストのギャラリー。
戦争でここまで荒れていましたが、レーニンが国を挙げての修復を命じました。レーニンにはいろいろと問題もありますが、その点は評価していいと思いますと、ガイドさんが語っている。
 
だがその修復費はどこから出たんだ??と心の中でひっそりと毒づくわたし。
さっきの古伊万里のあった階段室/修復前、ね。
奥の金ぴかが教会。
 
ロシアの建物(修復済み)は、ロシアの空の色につくづく映えるなぁと思う。
小道の先の建物が、エルミタージュ(隠れ家)。
ここはホントに、エカテリーナ2世が恋人たちとしっぽりするための隠れ家だったンですと。
エカテリーナ2世、専用プール。
 
さっき遠くから見えた教会ね。
さて、夕方。ネヴァ河クルーズぴょん。
街中の運河からバスにでも乗る感覚で乗船〜〜
 
ごっちゃんはクルーズがあるからってこのツアーを選んだくせに、実はモスクワでのクルーズを期待してたらしい。お待ちかねだねって言ったら、違うの、これじゃないのぉって、おいおい。
とにかく出発ぴょん。
運河から、サンクトペテルブルグの町並み見物。
建物の由来とか、割と覚えていたはずだが、
旅行から1か月たった今となっては、忘れたなぁ〜。
 
サンクトペテルブルグは町並みが世界遺産となっているということで、大通りや運河に面した建物は全部、このようにキラキラしく麗しい造りを魅せている。
だが、ふと垣間見えた中庭とかは貧しく質素で、うわべだけの栄華の名残を誇っているに過ぎないと察せられる。(帰国後読んだ本によると、歴史的伝統的な傾向なのかも)
 
ガイドさんが「ペテルブルグ人」という言葉を使っていたのは象徴的で、モスクワのガイドさんは「モスクワ人」という言い方はしなかったし、
ペテルブルグの街の人々の持つ独特な雰囲気というのは、確かにある。
誇り高く姿勢を伸ばし、大またでまっすぐ早足で歩く様子がかっこいい。(初日は徴兵制の成果かなぁと考えたが、それだけじゃない気がする)
 
愛想がないよね、というのがツアーの中での最初の共通認識。わたしが使ったクールビューティという単語をおじいちゃまのひとりがエラク気に入ってた。はい、美男美女がぞろぞろ歩いてます。
でも打ち解けるとこれはまたずいぶん陽気だよね、となるまで数日かかる。

 

橋の下。椅子から立つと頭すれすれ。
日本領事館。
エルミタージュ美術館と劇場を繋ぐ橋をくぐります。
ネヴァ河に出ました。
だだっ広い風景に、雲が表情をつけてくれてる。
昨日、陸から観光したロストラの灯台。
ペトロパブロフスク要塞。
トロイツキー橋。

トロイツキーというのは三位一体を意味するらしく、三位一体はロシア正教では重要な意味を持つみたい。
わたしは三位一体(父と子と精霊をまとめて唯一神とする)って、矛盾を無理矢理つぎはぎして納得する男の論理みたくてよくわからないのだが、
ロシアの文化を見ていて、それでも必要な何かがあるのかもと考えるようになった。
オーロラ号。日露戦争のとき日本海まで来てたとか。今は博物館だそうです。
「夏の庭園」を観ながら運河に戻ります。
たしかこれがロシア美術館。
わたしが見たかったカンディンスキーはここにあるはず。
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