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2006/3
2006/3/13 PCの交代
さて、
こうして今まで7、8年、わたしと苦楽を共に過ごしたWin98/Sapphire(個体名)。
実は今日で引退です。
明日、WinXP(本体のみのお買い物)が届く。

ほんとに、苦楽を共にした大親友なのだ。
だましだまし、使ってきたけれど、さすがに……不自由が多くなってきたので。
ファイルの倉庫として使えるかなぁ。

ありがとうね。……愛してるよ。


新しいPCは、お絵かき用にとハードディスクもメモリーもたっぷりさせたら、
……お値段が倍近くなってしまった。
次は光通信の契約ね。

 

2006/3/11 恩師のご勇退
中学一年のときの担任T先生が、定年退職されるというので、「ご勇退をお祝いする会」があった。
学年の同窓会の感もある。
明治に創立された私立の女子校に、わたしは中学・高校と学び大学は別の学校(美大)に行ったのだが、大部分の生徒はそのまま大学・短大に進む。だから、えーと、わたしは28年ぶりにみんなと会ったわけだ。
誰が誰だか、わかるんだか、わかんないんだか。
もうみんな居直って、半分は名札と答えあわせをする。
同い年のおばさんが80人も集まって、少女みたいにわーきゃー。
(ちなみにこの80人は、口コミだけでわっと集まり、幹事があわてて会場が間に合わないとストップをかけた。先生の人徳です)

クラス替えがあったりするが、先生の何人かは学年付きみたいな感じで、ほぼ一緒に6年間を過ごす。なので、学年全体が受け持たれたみたいな感じになってしまう。
とはいえ、中学で8クラス、高校で10クラスの大所帯。
わたしの場合は中学一年の担任でも、あとの5年間は教科担当もふくめて、接点がまるでない。でも、どんな先生よりも恩師。

私学なので、先生に転勤はない。
なんのかのと言いながら、みんな娘ができると入学させる。
なので今では、子どもを挟んで先生と父母の会の関係の卒業生が何人もいる。
……もっと言うと、
T先生はこの学校で、わたしの父の教え子だったりもする。

クラスの代表が順番にスピーチ。
半分はT先生に怒られた自慢。先生は絶対に、筋が通らないことは許さなかったので。
(げっ、今、気づいたけれど、わたしはここから影響されてたのか?)
わたしたちの学年は、「するなと言った事を全部した」と言われるくらい問題が多かったのだが、今となってはどれもがすっごくいい思い出。
確か飲酒で停学3日をくらったカノ女曰く、「あのときのカレが、今のハゲオヤジ☆」
ひゅーひゅー。
わたしは10組だったので、スピーチは最後。おいしい位置でした。


定年退職とはいえ、優雅な私学。制限はは65歳。
(だがT先生、46歳の群れに完全に溶けている)
んで、来学期からは、社会人大学で学生ですって。


ところでわたしですが。
かわらないねとみんなに言われ続けて、留めのひと言。
「高校のときより若くなった気がしない?」
ちょっ、ちょっと待てっ。それはない、それはっ。
「昔はおとなで、近寄り難かったよねえ」
ま、まあ、あの頃は社会や人間を斜めから見ていたからねえ。
「あげんはね、十代のときに持っていたものをそのまま持ちつづけてるのよ」と、keiko。「今の部屋なんか、四十代の女の部屋じゃないもの。十代の少年の部屋だね、あれは」
……はい。(昔から、言われてることです)
でもさあ、keiko。
「何?」
ベッドルームはみてないでしょ。ベッドルームは、違うんだから。(ちょっとだけ、見栄を張ってみました)


次の会は、4年後、みんなで五十歳を祝おう、だって。

 

2006/3/8 届かない言葉
やめればいいのに、いつもはしないことをしてしまった。
メールに開封通知をつけて、出した。
……通知は、戻ってこなかった。

わたしの言葉/気持ちは、読まれることなく消えたのか。
記号のままネット迷路のどこかに埋もれたままなのか。
ひどく、コタえた。
自分の想いは行き場を失い、自分までが否定された気分になった。
ちょっと深刻に書いた内容もふくんでいたので。

受け側のPCが壊れてたとか。
「子どもたちの気持ち」なんてsbjectが怪しげで、迷惑メールに交じって消されたのか、とか。
古いアドレスだったから、とか……。
可能性をもとめて、心はずっとぐるぐるしていた。
他の方法で確かめる気持ちが起きなかった。
想いは届かなかった。それが結果なのだ、と。

そして過ぎる時間と共に、自分までもが迷路にはまり込んだ。

今までわたしがいろいろな相手に発してきた膨大な言葉/気持ち/想い。
どれだけきちんと相手に届いていたのだろうか。
わたしはどれだけ、相手を受け止めているのだろう。
気持ちが通じ合っているつもりでいて。
ちゃんわかりあっているつもりになって。
それは、……かなり恐ろしいことだった。
(ねえ……?わたしの気持ちは、ワカッテイル?)
(わかってないから、今があるの?)
(あっちは実は、何を望んでいるんだ?)
……etc.……etc.……etc.
いろんな相手への、いろんな思い。


なんて落ち込む日々に、突然、笑い話で決着が。

未だに不慣れな携帯のメールを、ちゃんと設定していなかったので(先日、設定しました)、迷惑メールががしがし入って、毎日ちゃっちゃと消すのが日課だったのだけれど、
あ、高校の同級生の懐かしい誰か(↑のイベント関係)から、メールが来てるなと思いながら、ちゃっちゃっと迷惑メールを消していて、
あああっ、読む前に、一緒に消しちまったい〜〜!! 
誰から? 何の御用だったの? 
どうしよう、なんか心当たりある?と一番心当たりがありそうな友人enoにメール。
「え? わたしにはきてないよ」と返事。
どうしよう、どうしよう。わたしをあげんと呼ばない「サン付け」で、「お久しぶりです」で始まるようなメールだったんだよ。おろおろ。
「返事は?って、もう一度メールが来るのを待つしかないんじゃないの? へえ、あげんもそういうチョンボするんだね」
…………。

まあ、スピーチの依頼だったことが、当日、会場で判明するのだけれど。


届かないメール。
なんとなく相手を責めるような気持ち、自分は被害者みたいな気持ちでいたんだな、実際。
それがくるりとひっくり返った。
この(自分ひとりの)騒ぎで、居直りました。

その言葉が届かなくても、来るべき結果はやってくるって。

 

 

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