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2005/10・11・12
2005/12/10 キムさんの旅日記
公式サイトへの何度かのムナシイ訪問のあと、
久しぶりに覗いたら、バッグバックをかついで世界一周中のキムさんの1か月分の旅日記とご対面できた。
(にこにこと読み終わると、会社の昼休みはとっくに終わってた。笑笑っ)

無事に旅を楽しんでるのねと喜び、
口内炎が出来たって、野菜が足りないのかしら、熱烈歓迎中華料理を食べ過ぎて胃が荒れたのかしらと心配し、
ホテルの洗面台でちまちまと、明日穿くパンツ(トランクスかなブリーフかな)を洗って干す姿を思って(という表記があるわけではない。わたしの勝手な想像力です)微笑し。
でも半日くらいたって、不安に襲われた。

一人旅……。
人間は結局、恐ろしく孤独だということと、性懲りもなく向き合うハメになって、泣きたくなったりしないかしら。

孤独の深淵。
日常なんて、その恐怖から逃れるためにあるようなものでしょう?
いや、この文章を読んでくれる人の何人が、その深淵と出会っているか、向き合っているか。
見なかったふりをすることで堕落を選ぶ男だっている。
でもたぶん、キムさんはご存知だって気が、する。
でなければ、あんなにわたしと、……どこと言うのはむずかしい、なんなんだろう、魂?(照れるな)感性?がシンクロするはずない。(半ば思い込み)

一歩間違えれば、無常感や厭世観にどっぷり首まで浸かってしまうことなのだ。
綱渡りのように、ひと筋の細い光を目指して、ようやく立っていることを隠しながら、
俗世にそれはそれは慰められて、
世の中では人好きするいいヤツだと評価されるけれど、それは上手な嘘つきだからで、
ただ唯一の救いは、
そう感じているのが自分だけではないと……これも連帯感の一種なのかな。
同じ魂(照れるんだって、この言葉)、鏡の中の自分、「だからわたしはひとりではない」という不条理。

話はそれるけれど、
そんな人間同士がたとえば一緒に暮らすと考えるだけで、どれだけキズを深め合うのかと、恐怖でしかない。
相手の思いやりの向こうにある深層心理まで、透き通って見える。
それを回避・緩和させること自体がすでにごまかしだと、お互いにわかっている辛さ。
(でも、今こうして、ようやく言葉にできるくらいは冷静に大人になれた)
関係を腐らせないためには、青いまま熟させない。はい。幼稚だし、ずるいことです。
でもねえ、どうなんだろう。
そういう同じ魂持つ相手、すごく大切なんだもの。
壊すくらいなら、遠くに大切にしまっておきたい。
日常は壊しても惜しくないもので、充分に間に合う。この歳になると、それすらもいらなくなってくる。
う〜ん。わたしの弱さは、こんなところにあったのね。
初めて分析して、言葉に出来た気がする。

で、久しぶりに、その深淵がわたしのそばをかすめ、わたしは立ち尽くす。
心が震える。
時間に対する観念を思い巡らせるうちに初めてその深淵とであったのは、小学校3年のときだった。
46歳なのに。わたしは10歳の自分と同じように震え、受け入れるしかない。
笑う場所かな、ここ。わたしの弱さを嘲われる箇所。


さて。

ウイグルのあたりだったかな。(キムさんの旅日記に、話は戻る)
富士山の高さあたりの町の、冷たくて透明で硬い空気の描写があって、
わたしは埃や朝日まで肌で実感することができる不思議。
(いや、実際は違うのかもしれないけど)
突然、地球という大きな球体のごく表面を薄く覆っている、空気という膜を意識する。
キムさんと、ひとつづきの空気の中にいるはずなのに、全然違う空気を感じているのね。
今、感じている時間は、一緒に流れているのかなぁとまで、不安になる。


今日は、どこにいるんだろう。
飛行機を使わずに、のそのそと地面の上を(電車とバスと自転車と徒歩で)辿って、あきれるほど、かれは遠くに行ってしまった。
孤独に洗われて、ぐるりと別の方角から帰ってきたとき、
かれは何を語るのだろう。

  

2005/11/6 ようやくひと息?
先月10月は、べったりと工房が忙しかった。
発注主は、毎週出来上がった分だけかっさらっていったものの、
内心は月内に数だけ仕上がるとは思っていなかったようだ。
「できますよ」って言ったのに。

ただ、20日頃にはKieとわたしはちょっと、自律神経がおかしかったかもしれない。
原因もなく、頭や足をその辺にぶつけまくったり、
ぼたりと持っているものを落としたりと……。

シッポがみえてきた時点で、「今日は少し早く帰ろ」とか「今度の土曜日は休もうか」(って、原則的に土曜は休みなのに)と提案しても、
ryoちゃんもkieも、「何があるかわかんないから、やれるときにやっちゃお」

わたしは1か月ずっと、かなり機嫌悪かった。
前半は、加工機をつくった技術スタッフの呑気さとの戦い。(ちょっと、シメたさ)
ようやく無理矢理、軌道にのせて、
計画どおりに数が仕上がってないから、一晩、工房に泊まった。
(そのあとは泊まるというと、何のかやと代わりに社長が泊まって、加工機を動かしつづけてくれた……何回も!!)
後半は体力の限界寸前。

この作業のために、加工機を開発してもらい、
レーザーの条件を出すために3人がかりであれこれと。
わたしが目視や顕微鏡でワークを見比べながら、
もっとこーいうレーザー光にしてとか、
もっと早くなんないのとか、ここをこーしてよとか言うと、
技術や技術営業が、加工機を調節してくれる。
量産するための、加工機と連動するステージ(移動台)も作ってもらって。
作業量を消化するために、一時的に2号機もつくってもらって。

まあだからというのか、加工機にそりゃあいろんなアクシデントが起こって
(発注主様には絶対秘密だな)
わたしが(内心)キレ続けることになるんだけれど。

でもね。
ほとんど全部手作りで済ませる少人数の会社とはいえ、
ちょっと考えると、もしかしたらスゴイんでない?とか思う。
営業のおじさんに言わせると、
「メーカーとしてはアタリマエ」なそうだけれど。
だって、作っちゃうんだよ。そのワークのために加工システム一式。


でね。
これはもしかしたら、なんだけれど、
以前、今では他の会社に行ってしまったsuzuちゃんがわたしに、
「いざとなったらオレが工房のためにマーカー(加工機)つくってやるヨ」
(ううっ、どんな愛の囁きよりも甘美だわ)
その言葉を何人かにもらしたせいか、
古い加工機の不具合を、わたしがいまだに真っ先にかれに電話して相談するからか、
ちょっとライバル心を燃やしてるのかもしれない。うちの技術サンは。



1か月。
休日出勤と深夜残業。
(ほんとはフレックスでいいんだけれど、一回やったら結局、逆に大変だったのだ。個人の作業量が減るわけじゃないから)
家に帰ると、お風呂はいって寝るだけ。明日のお弁当つくる余力もなく。
山手線では毎日、曝睡。
たまのオフ日は、ネットスクールの戯曲講座の講義と課題で精一杯。
TVゲームはしまわれたまま。
(これが一番、驚き?)

じゃ、月が変わって楽になったのか。
……いいえ……。
先延ばしにしていた作業が待っていて、今のところ相変わらず残業。
まあ、土曜日が休めるようになった。



そうそう、
秋葉原にヨドバシ(家電量販店)のでかいビルが出来て。
毎日、その前を素通りしてたわけで。
ようやく先日、ときには早く帰れた日。

7階にタワーレコーズが入っているのを見て、輸入盤は多少充実してるはずだと思い。
あのCDをわたしが今、聞くべきだったら、絶対にあると確信し。
すごいよ。
エレベーターで上り、きょろきょろながらも一直線に棚まで歩き、
すぐに背表紙の細かい文字を拾うのが面倒になって、
とりあえず指をかけてひきだしたら、目当てのジャケットだった。
「ダンス・オブ・ヴァンパイア」

萩尾望都の「ポーの一族」で青春を過ごした身には、ヴァンパイア・ネタはもう今さらなぁという郷愁があり、なんていうのか、どれもパロディに感じてしまうのが難点。
映画の「インタビュー・オブ・ヴァンパイア」なんて、わたしはずっと苦笑して観てた。(いい態度ではないわね)

並んであった「エリザベート」や「モーツァルト!」の原版、ヘンデルのオルガン協奏曲だの、TOKIOの「TOK10」だの……。一抱えの買い物。
同じフロアに有隣堂があって、こちらでも本を一抱え、買う。
1階降りたら、ゲーム・おもちゃコーナーで、ジャック(ナイトメア・ビフォア・クリスマス)の球形ジグソーパズルがあって……。
ここまでが1時間半。息がきれて、帰宅。気持ちは、わくわく。
オタッキーなリフレッシュかなあ。

ドイツ語のミュージカル、3盤。かなり気に入る。
安定した声量でロックしていて、超カッコイイ。

「ダンス・オブ・ヴァンパイア」
流して聞いていても、あ、これがたぶん祐くんの今度の役のパートだわと、すぐわかる。声が重なって聞こえてくる。……芸のない企画かも?
歌いやすい歌詞がほしいとコメントしていたのに納得。
サラとアルフレッドが伸びやかに聴かせられなかったら、台なしだろうなあ。原版はすごく気持ちがいい。
言葉もストーリーも、全然わかんないのだけれど、もしかしたら、かなり単純なお話なのかな。このテの軽くてバカバカしいマンガチックな表現(たぶん)、まじめな日本人には逆にむずかしそうだなあ。
まあ、あとはお楽しみ。すっごく楽しみ。



なんて、ここまで書いたら、今、アメリカの依依から電話があった。
そっちは何時? 昨日の夜の10時なのね。
うふふふ、わたしは過去と電話してるんだわ。
中国の高校生を交換留学で預かってから、もう10数年。
ねえ、今度のバースディで、もしかたら大台? ひゃあっ。

依依は……。
仕事が忙しくて、勉強や家事が全然できないとちょっとベソをかいている様子。
本人はそうとはいわないけれど、そうじゃなければこんな中途半端な季節に突然電話してきたりはしない。
赤ちゃんもそろそろつくりたい。大変だよね、このままじゃ、どうしよう。
(わたしと同じ、イノシシ生まれがほしいって泣かせるコメントあり)

仕事上の悩み、女としての選択と悩み、自分との向き合い方。
結局アメリカでも日本でも、中国人でも日本人でもみんな似たようなものみたいだ。
依依へのアドバイスはそのまま、友人や自分が通過してきたこと。
今でも、考えつづけていること。
人間って、無駄だよね。同じ悩みをていねいに、ひとりひとりがその都度、通過していかなければならない。
でも何故か。
きっと、同じような悩みでも、ひとりひとりが少しずつ違うから。
だから人間は、(欠点も絶望的に多いけれど)輝かしい生き物なんだよ。依依。




最近。
たぶん、少しずつ、ものの捉え方が変わってきている。
他人には説明できないけれど、深さっていえば近いのかな。
ひとつには、戯曲講座のトレーニングのおかげ。
おとといTVで、アクターズスタジオでのクリント・イーストウッドのインタビュー番組があったのだけれど、わたしは思わず姿勢を正してしまった。
役者・映画監督としてのかれの言葉が、現場の声として今までと全然違って聞こえてきたのだ。びっくりした。
どきどきどき。もしかしたらこれは、祐くんの技術的な感性にチョットだけ近づいたってことだろうか。うわあ。

もうひとつは、キムさんが今、地球のどこかを旅していると、無意識にも絶えず意識していること。
わたしはいつかトルコやギリシアに行きたいんだ(次点がイタリア、ウィーン)とか、異国の乾いた風とかけたたましい喧騒とか、いつもなんとなくあいまいな日本とは絶対違う風景が自分の中にちらついている。
なんかねえ、日常のしがらみ・辛さが緩和されちゃうってのかなあ。

で、
このどことなく新しい感性・視点で、本を読んだり生活することが、思いのほか楽しいのだ。

絵も、描きたい。
(そういえばsuzuちゃんに、絵にしたいから写真貸してとメールして、無視されたままだと思い出した。うん、一般人なんだけれど、このコの個性はちょっと絵になる)


目下の迷いは、しまってあるTVゲームを出すかどうか、かな。
うーん、突然自分の中での順位がこんなに下がるとは、意外でした。

とまあ、最近はこんなです。


 
2005/10/1 「粋」
昨日おとといと、TBSとフジテレビで、非常によく似た企画を放映していた。
こういうものの常で、前日に放映した方がアイディアをパクったんだろうなと。(どうしてって、自分が漫画家やってたとき、雑誌の掲載をひと月ずらされたからヨ)
人気番組の過去を振り返りながら、その番組を企画した、その日定年退職する名物ディレクターを称えるといった趣向。

歌番組に「報道のTBS」のテイストを取り入れた「ザ・ベストテン」。
タレントに馬鹿騒ぎさせて視聴率を稼ぐ「みなさんのおかげです(した)」。
まあ、びっくりするほどふたりのディレクターの品格の差は、番組そのものにも、その日の番組のかかわり方にも反映されていて、苦笑してしまいました。

「こちらはねえ、あのザ・ベストテンを立ち上げた名ディレクターなんだよ」
お食事会みたいな場で、ちょっとだけご一緒したことがある。
わたしもまだ小娘だった。
ワインを手酌で飲まれていたので、すみません、自分が飲まないから気がきかなくてと、わたしは(愛想半分)謝った。
「いや、日本では女の人にお酌をさせるのが当たり前だけれど、ワインを注ぐのは男の仕事なんですよ。気にしないでください」
なんてオトナのセリフなんだろう。どきどきした。
そのあと、ポルナレフやジェーン・バーキンの話を少ししたと思う。(周囲はこの話題が通じなかった)


自分のスタンスが時流に沿わなくても、妥協してはいけない。
「粋」に「謙虚」に、だが絶対「手を抜かない」

ホントに最近、そのことばかりを思い知らされます


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