あげんについて ブログ 過去の公演案内 ミュージカルの創り方 観劇・能・ダンス・大道芸とか
三茶deボランティア メンタルケア とか 八ヶ岳ライフ 食べもの系 日本人・考
お絵描きとか 旅のアルバム おもちゃコレクション 読んだ本とか でんでん日記
事件でした 大震災のあと ブログ以前の日々 14歳のわたし あげん に メール
2005/1・2
2005/2/26 「雨林恋子」
去年末、ちょっと落ち込んでて、何も新しいことも出来ず、これではわたしらしくないと……。

とりあえず、劇作でも復活しますかと、サイトで検索。
自分に「はずみ」をつけたかった。
検索にヒットした公募の中で、
締め切りとかから応募できそうなものに。
以前スクールで書いたものを短く手直して。あまりテーマに沿わないけれど、まあ、いいか。
っていうより、「現代社会を鋭くえぐっ」たり、「人間を深く掘り下げ」たりしていない、軽いサロン劇みたいなこの作品は、こういう公募では全く評価されないんだろうなあ。
まあ、いいじゃん。はずみ、はずみ。
そうか、会社員してるから、本名はまずかったりするのかな?と、ふと思いついた名まえをペンネームにする。
昔むかし、デビュー当時に描いたレディスコミックの主人公の名前。

それから、確かに生活にちょっとはずみがつき、
そして忘れた頃、知らせが届く。
応募作9編(大々的な名称とはウラハラに、ひかえめなイベントだったらしい)のうち、最終審査4編に残りました。
大賞は他の作品ですが、
経過報告と講評をしますので、大会のオープニングイベントにおいでください。

……どうしよう……。
…………恥ずかしい……。
でも、知らない方に講評してもらえるし。


春もうららな横浜に、ひとりで出かける。
丘の上の小さな小さな劇場。
受け付けで。
本名を名乗るが通じず、
あ、そうか。「ウリン、です」
「ああ、こちらはウリンさんとお読みするんでしたか」
その瞬間、わたしは
ウリンレンコという別の人間になった……。ええっ?
会場のうしろの方に座るが、落ち着かない。
……うーん、わたしは誰?ここに、座ってていいの?

うしろに占めている一団は、アマチュア劇団なのだろうか、高校生の部活みたいな会話をしている。
地方都市のイベントに、他所モンが(偽名で)応募してはいけなかったんだ。(しかも自分は、横浜に全然思い入れがないし)
いよいよ肩身が狭い。

開会、挨拶、挨拶、事務連絡。
講評と授賞式。
案の定、審査員のオジサンひとりは、「こういう作風はちょっと」と、わたしの講評を飛ばした。「それに横浜である必要ないじゃないですか」
はい、そのとおりです。
だいたい、みんな「アメバヤシさん?」とか、名まえ読めてないし。(熱帯アメバヤシっていうか?)

だが、司会者に大声で、「ウリンさん、会場に来てらっゃいますよね。せっかくですから前にどうぞ」
もうひとりの落選した青年と呼ばれて、
あらあら、
場慣れた腰の低い態度で、にっこり笑って、感謝と抱負をしゃべっているのは、誰?

大賞をもらったかの女は、「横浜が大好きです」なんて挨拶してるし、今回で応募は3回目で、審査員とは顔なじみみたいだし、でも劇作に対しては本当に真摯な態度で、
……わたしはこの気持ちを取り戻したい。
取り戻さなくちゃ。
……うん、そう。…………。

パーティの準備をしますので、ロビーでお待ちください。と会場から追い出され、潮時とばかりにこそこそと帰ろうと思っていたのに、審査員たちがにこにこと並んで待ち構えていた。
あたりさわりのないご挨拶と感謝を繰り返し、コートを抱えたまま外に逃げ出す。

春の冷たい、金色の空気。
ようやく息ができる。
そのままつっきり、港の見える展望台に足を向ける。
「横浜は、こんなに地方都市だったのか」
わたしは、ウリンレンコを引きずったまま、つぶやく。
生まれ育った世田谷区くらいの容れもの(財政)をイメージしてたけどね。
横浜がこの大きさだったら、他の地方都市はもっと?
風になぶられ、少しずつウリンレンコが蒸発していく。
世間知らずに、他所の学校の文化祭に乱入してしまったような気まずさと一緒に。


でもちょっと、ペンネームも楽しい、かも。
帰りの電車で居眠りをしながら、懲りもせず、
ゆるゆると、次の応募を考え始める。

  

2005/1/1 山梨のおうちから
これは前の日 2004/12/31 雪が深くて、買い物に出られなかっ
今年は酉年
よろしくね
▲ TOPへ

◆ このサイト内の著作権はすべてサイト管理人が所有しています。 copyright AHARA Noliko all rights reserved.

inserted by FC2 system