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2003/10・11
2003/11/15 出会い
本屋で雑誌を手にとり、レジに向かう途中で思いついて、実に久しぶりに少女まんがを2冊ほど買う。
読めるかな〜。
密やかな挑戦、だった。

なんとなく、若い人たちの価値観や思考パターンを知りたかった。
気分だけで自己満足してんじゃないよ。
親切なふりして、実は相手のこと何も考えてないじゃん。

わたしも少しはおとなになって、他人事と見過ごす悪い癖がついたから黙っているのだけれど、
若いモンのひとりよがりに、ときどき非常にハラが立つ。

少女まんがはとりあえず、ほぼ全部読めた(よかった)。
でもあとには、何も残らなかった。
実はもっとわくわくするかなという、ほのかな期待もあったのだ。
雑誌の選択が悪かったのかな、あと数冊、別のを読んでみようかなあ。  

自分がその真っ只中にいたときはわからなかったけれど、
少女漫画の中に、日本の若い人たちの願いの一面は垣間見えた気がした。
受動態。
相手がアクションしてくれることを、ただひたすら待っている。
自分はただオロオロしていれば、
ある日突然、奇跡が起こり、相手が自分を熱愛してくれて幸せになれる夢。


……それ、幸せですかね。
相手のためにいろんなものをかなぐり捨てて、抱きしめて、
ようやく喜びは手に入るから……という気がするのだけれど。


熱愛ってのも実はクセモノで、
自分勝手に捧げられてもこっちはちっともうれしくないってことの方が多かったりするよな。

自分が捧げている時は、気分いいんだけれど。

無駄でも努力することに意味があるように思い違いしてるのかな。
努力から結果を引き出すために、「考える」ことが身についていないのかな。


この夏から行くようになったヘアサロンは、
ちょっとホストクラブのようなところがあって、
若い男の子たちがちやほやしてくれるので、確かにかなり気分がいい。
どうみても女の子にしか見えない担当のウエスギくんは、客であるわたしの好みを真剣に読みあててくれた。
わたしはできるかぎり、かれのことを褒める。はっきりと礼を口にする。
わくわくする出会いってあるんだな、と嬉しかった。

出会いには、相性とタイミングと、
お互いの努力が必須でしょう。

  

2003/10/19 ……雨
実家の建て直しのため、この夏は家の中のいろんなものの始末に大騒ぎだった。
いくつかの庭の木は残すとか聞いていたのに、
地鎮祭に出向くと、サラ地になっていた。
新しい家には、父と弟の家族が住む。
もうこの場所は、わたしの帰るところではなくなったのだなと実感する。

天気予報では、雨の気配も話題にならなかったのに、
神主であるおじの指図に祭壇の用意をしていると、
雨が降ってきた。

斜め向かいの家に、傘を借りに行く。
おばさまは亡くなった母の仲良しで、わたしもこっちの家にいたころはずいぶんとお世話になった。
化粧したわたしに見慣れないおばさまは、わたしをわたしと気付くまで数秒かかった。
数本の傘をお借りする。

地鎮祭を始める頃には雨もやみ、
しゅくしゅくと式を終える。
「こんなにおごそかですばらしい地鎮祭は初めてです」建築デザイナーや大工さんたちが口々に感激してくださる。
神事はすべてこのおじにまかせているわたしたちは、他と比べ様がなく、あいまいに笑うだけだ。

借りた傘をタオルで拭いて、お菓子を袋に小分けしたものと一緒に、斜め向かいの家に返しにあがる。
家の中に電気はついているのに、チャイムを押してもおばさまは出ていらっしゃらない。
まあ、いろいろとご都合もあるわなと、入り口横にちんまりおかれたベンチの上ににお礼のメモと一緒に置いた。


夜、父から電話があった。
夕方になってからついでもあり、傘のお礼を申しあげに斜め向かいの家に立ち寄って、
何気におじさまのことを尋ねたところ、数日前に密葬を済ませたところだというのだった。


あとで伺ったことには、おばさまは本当に、誰にも知らせたくなかったのだけれど、父に直接尋ねられてはさすがにうちあけないわけにはいかなかったとおっしゃっていた。

雨が降らなかったら、
わたしは斜め向かいの家に顔を出すつもりはなかった。
ご近所づきあいの距離感というのは、地域によって変わると思うけれど、
東京の山の手は、そんな感じだ。必要以上に相手の生活に踏み込まない。迷惑をかけない。
ご挨拶やおすそ分けは、タイミングを見て、品よくていねいに。

でも、雨は降ったのだ。天気予報を裏切って。
土地神さまは、あの家に行きなさいと指さされた。

父からの電話を切って、PCに向かいながら泣けてきた。
おじさまとそんなに多く語ったことがあるわけではないのだけれど、
心ひそかに尊敬していることがひとつあった。
ご自分は神さまを信じない。だけれど妻と同じ墓に入るために、それだけのために、自分は信念を曲げて洗礼を受けたのだと。

そして、おじさまの声が聞こえた気がした。
「あなたにもそりゃあいろいろと言い分はあるだろうけれど、相手を許してやりなさいよ」

こんなふうに状況を全く無視した正論を断言できる人間は、わたしの周囲には他にいない。
まさしくおじさま以外からは聞くことのできない言葉。

わたしが今、必要としている言葉なのだろうか。
考える。

おじさまにどういわれようと、わたしには筋を曲げる気はサラサラない。
言い分があるから、今のわたしの選択がある。
父すらも手を焼く頑固さは、自分でも嫌なのだけれど、譲る気はない。
でも、
ぎりぎりまで許す努力もしようと思う。

  

二子玉川で花束を作るとさすがにお洒落

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