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2003/1
2003/1/31  SePTのレクチャー
SePTというのは、世田谷パブリックシアターのスタッフが劇場を呼ぶときの使い方です。(セタパブという呼び方と、どっちが定着しているのでしょうか)
この劇場、経費の3分の1を区民税でまかなっているため、「パブリック」であろうとして種々の企画に非常に神経質になります。たとえばジモッピー(地元人)相手にレクチャーを組んでくれるとか。
久々にそのレクチャーに参加したのは、三回の講義のうち一回では伊藤キムを素材にするとのことだったからです。他人の伊藤キム評を、わたしはほとんど知らないので。

伊藤キムさんが数年前、慶応パンチというパフォーマンスをしたことは知っていたけれど、内容はうかがいようがありませんでした。
かれが道端でパフォーマンスをしてみたいと言ったときは、内心、なんで?と感じたのですが、終わったあとサイトでご本人がずいぶんとおもしろがっていたので、かけらでもいいから様子を知りたいとずっと思っていたのでした。  

慶応キャンパス内で半日、かれがアドリブで動き回っていた。

さて、講師のセンセイは慶応の方だったのですが、
正直にいうと、
うっうわわわわっ(どうしよう、このナル・シストちゃん)
よくわたしが職場で使う言い方で、
「学生じゃないんだからさ、仲良く努力しましたってだけじゃ評価されないのヨ。結果をださなきゃあ」というのがあるのですが、
だから、その、学生を指導すればいいだけの方なわけで。
言ってることも、机上のナントヤラで。
学問なんて、そんなもの(過去の分析であって、何かを生み出すシステムではない)といえば、それまでですが。
ぶちかました教育論(なんで演劇レクチャーで教育論なのか?)は、去年まで現場にいた父が聴いたらあきれるだろうなあというシロモノで。

すみません、何にあきれたって、
この人がセンセイしている日本の超名門大学のレベルにガッカリしたのでした。

伊藤キムの慶応パンチは、当時のかれのゼミの生徒が企画・制作したということで、
そのひとりが講義の最後の30分、ビデオや資料とともに語ってくれたのでした。
わたしはこの30分のために三日分の参加費を払い、つまんない授業をガマンしたんだわという感動と、期待通りの楽しい内容に妙に満足。

企画は自己満足の域を出る出ないスレスレあたりを漂っているのですが、何しろ伊藤キムのすごさは、つまらない日常の中から、シニカルな笑いと独自の魅力を引き出してしまうところにある。

ところで、
わたしはずっとかれをデッサンしてみたいなあと思っていたのに、
こんなところで(昔に)デッサン会も企画されていたことを知ったのは少しショックでした。
いいな、いいな、いいな。
でもデッサンするときは、服脱いでほしいかもな。

ビデオの中では、キムさんが授業に乱入したシーンもあるのですが、
学生はとまどいながらも動じることなく発表を続け、わたしはここに一番心動かされたのでした。
たぶん学生は、キムさんのアドリプにどう反応したらいいかわからず、結果無視をするという行動しか取れなかったのだと思うのですか、
わたしには逆に新鮮で、頼もしく感じられました。
「だから日本人は〜」とか「今の教育の画一化が〜」と一般ピープルの表現の貧困を評することもできるけれど、
アドリプに左右されず、予定をそのまま押し通す不器用さもあっていいんじゃないかなあ、と。


わたしがこの講義を受ける際に期待した、他の人による伊藤キム論は聞けなかったのですが、
あきらめていたシーンを見ることができて、よかった。
うれしかった。

にしても、パフォーミング・アーツの周辺というのはなかなかマスターベーションの域を出ないのかなあと思います。
そういうものであると、わりきって楽しむべき?
反応できる観客を育てる? いやいや。
でも、日本人の中に投げ入れられた、おもしろさ。


これからの日本人にとってこそ、
この不安定なアートが面白い意味を持ってくるはずだと、
秩序を壊し自主性を目覚めさせ、そのうえで人とのコミュニュケーションを組み立てなおしてくれるはずだと、
わたしはちょっぴり楽しみにしているのです。

  

2003/1/31 花束
会社で。
「もしかしたら、かの女、今日が会社最後?」
雰囲気で気づいた。となると、みんな何か忘れてない?
「この近くの花屋って、わかる? 以前、四ツ谷の方探して、ろくなのなかった」
「ないですよねえ」
うーん。

昼休みに、市ヶ谷に向かって歩きはじめて、教会を持っているホテルに気づいた。
ガードマンに尋ねる。
「中に花屋があるか、わかります?」
ご親切に教えていただく。
にんまり。
結婚式のあげられるホテルに、花屋がないわけない。
ところが、
教わった場所にたくさんの同じように低めに活けたアレンジメントは並んでいるけれど、店は…ない。

唯一の戸口に足を踏み入れる。
女の子たちのけたたましい笑い声に消されて、わたしの声は奥に届かない。
「あのう、ここにお花屋さんがあるってきいたんたですけれど」
「はい、ここがお花屋さんです」
女の子たちの笑い声の中から、やわらかい雰囲気のかっこいいおにいさんが出てきた。
「花束、お願いできます?」
「いいですよ。ただ、こんなですから、あまり花を選べないですけれど」
少ししおれたオレンジ色のバラのバケツが出てくる。(しおれてるじゃん)
他、数種。地味。
「チューリップ、は?」
2色15本と1本だけ赤いのが入ったバケツがどんっとでてきた。
めまい、ホントにろくに選べそうにない。
「これ(チューリップ)、全部でおいくらです?」
「4000円ですね」
(…あら、安い)
「かすみは1本いくら?」
「500円です」
「1本だけじゃおかしいから赤いのは抜いて、かすみと一緒に5000円の花束をお願いします」
「あ、赤いのがあと2本ありましたから、3本入れときますね」

そのあとが、さすが結婚式用の花屋さん。
ベア・グラスやら他の葉っぱやらを加えて、すてきに表情のある立派な花束にしあげてくれた。
これで5000円は安すぎ。

花屋はこんな場所が狙いメだったのね。
新しい発見でした。
(ただし、次回も同じ買い物ができる保証もなし)

  

2003/1/10 「空の色紙」
涙ぐむ。
心の底の方で、せつなさがさわさわと揺らぐ。

10年以上前、年上の友人が「主人の後輩なの。一度読んで。あなたがどんな感想を持つかききたいわ」と言ったのが箒木蓬生という名まえだった。「源氏物語から取ったペンネームだっていうけれどねえ」
はいはいって調子いい返事をしながらずっと、読んでなかった。ゴメンナサイ。
だってそのご主人って、マスコミ界のトップに立っている方なんだもの。暇だったらあなたが行ってらっしゃいとわたされる試写会の案内の宛名が、久世光彦だったりするんだもの。その後輩…って言われても、ついていけるか心配だったのが、ちょっと本音。

数年前に1冊「閉鎖病棟」を読んで、この「空の色紙」も半年前に買ってずっと本棚にあったままで。
ようやく読み始めたら、文体が懐かしい心地よさを持っていた。
表面とは別に秘められた、人の想い。静かな狂おしさ。
涙ぐみながら、自我に狂いながら、感謝しながら人は生きている。

他に2編ついているけれど、学生紛争がまず馴染めなかったし、もしこれが学生紛争の一面を描いているのなら、みんなすっごく頭の悪いことしてたんだわねと仰天してしまった。

例年のことだけれど、正月はまとまって本が読めた。
乃南アサ数冊と山岡荘八の「伊達政宗」
読めとリクエストしたくまくま、あんたが少年時代に辛い思いをして、家族の絆に強いあこがれを持っていることはよくわかったよ。
でも許してあげない。

   

 

2003/1/5 友人たちはありがたい
年末からずっと傷心だったから、
その間いろいろと遊んでくれた友人たちに感謝。
この数年「人を喜ばせようとするさりげない思いやり」の大切さを痛感するのだけれど、
自分が日ごろから心を配る努力をしているから
必要とする時に戻ってくるのだと思う。

山にこもっていても、
メールやら関係者オンリーの掲示板やらで、
世間と一本つながっているのもちょっといい。

4日は、ブイヤベースとサラダだけつくり、デリバリーピザを取って、あとは持ち寄り。
ブイヤベースは簡単・豪華・美味。
正月の三軒茶屋にはムール貝がなかったが、安いはまぐりがたくさん買えて、いい味になった。
風邪引いたからこれから実家に帰って寝ると電話してきたmiyoも這って(?)きて、yumiとふたりで並んでマンガを読みふけっている…。なんだかみんなで子供の頃に戻ったみたいにだらだらする。
食べ過ぎてひっくり返った後は、kuriの持ってきたアニメの鑑賞会。(DVDじゃ家で観れないっというwhoのご要望)
スクールの皆さんは、わたしのコメントをきびしい(だから好き)というけれど、ここでかわされた会話を聞いてたら、凍るぞ。マジ。

5日はだぁさんの家で鍋パーティー。
先立ってレミさんがやみ鍋を提案したが、わたしは全力で却下した。(当日、レミは風邪か過労かでダウン。タロといい、みんな働きすぎっ)
鍋はふつうであるほど、おいしいと思うんだけど。
こんなに食べれる?という量が、見事にみんなのお腹に納まった。
だぁさんスペシャルが2つ。
しゃぶしゃぶ用のもち…う、うまいっ。
そして豆乳を小鍋で沸かしながら、すくって食べる湯葉。…か、感動っ。ナカちゃん、ひとりで食べ過ぎっ。
昨日の話を漏らしたら、ヒロちゃんが
「ブイヤベースかあ …遠い目」
おいおい、ホワイトシチューの呪いの次は、ブイヤベースかい?

  

  

2003/1/2 雪だるま
東京では40年ぶりに雪の正月だったとかいう。
そんなときに留守をすると、ちょっと悔しく感じるのは何故でしょうかね。
大泉村でも例年は雪がちらつく程度が、今年は雪景色。庭を横切っているのは、兎の足跡。
で、何十年ぶりかで、雪だるまをつくる。
夕べふったばかりの雪がさらさらとしているので、ジョーロで水をかけて固めながら。
玄関前の雪をかいただけで、この大きさになり、
目鼻はじゃがいも、にんじん、ごぼうを苦労して埋め込む。
かなり気に入る。

「正月何してた?」
雪だるまつくってた。

 

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